ま》だ繩目もゆるされいで、土の牢の暗《やみ》の底へ、投げ入れられたことでおぢやれば、しばしがほどは赤子のやうに、唯おうおうと声を上げて、泣き喚《わめ》くより外はおりなかつた。その時いづくよりとも知らず、緋《ひ》の袍《ころも》をまとうた学匠《がくしやう》が、忽然《こつねん》と姿を現《あらは》いて、やさしげに問ひかけたは、
「如何《いか》に『れぷろぼす』。おぬしは何として、かやうな所に居るぞ。」とあつたれば、山男は今更ながら、滝のやうに涙を流いて、
「それがしは、帝に背《そむ》き奉つて、悪魔《ぢやぼ》に仕へようずと申したれば、かやうに牢舎致されたのでおぢやる。おう、おう、おう。」と歎き立てた。学匠はこれを聞いて、再びやさしげに尋ねたは、
「さらばおぬしは、今もなほ悪魔《ぢやぼ》に仕へようず望がおりやるか。」と申すに、「れぷろぼす」は頭《かうべ》を竪《たて》に動かいて、
「今もなほ、仕へようずる。」と答へた。学匠は大いにこの返事を悦んで、土の牢も鳴りどよむばかり、からからと笑ひ興じたが、やがて三度やさしげに申したは、
「おぬしの所望は、近頃殊勝千万ぢやによつて、これよりただちに牢舎を赦《ゆる
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