ネけりゃいけないまでも、苦しみだけはもう少し楽にしてやりたいと思うがね。」
賢造はじっと暗い中に、慎太郎の顔を眺めるらしかった。
「お前のお母さんなんぞは後生《ごしょう》も好い方だし、――どうしてああ苦しむかね。」
二人はしばらく黙っていた。
「みんなまだ起きていますか?」
慎太郎は父と向き合ったまま、黙っているのが苦しくなった。
「叔母さんは寝ている。が、寝られるかどうだか、――」
父はこう云いかけると、急にまた枕から頭を擡《もた》げて、耳を澄ますようなけはいをさせた。
「お父さん。お母さんがちょいと、――」
今度は梯子《はしご》の中段から、お絹《きぬ》が忍びやかに声をかけた。
「今行くよ。」
「僕も起きます。」
慎太郎は掻巻《かいま》きを刎《は》ねのけた。
「お前は起きなくっても好いよ。何かありゃすぐに呼びに来るから。」
父はさっさとお絹の後から、もう一度梯子を下りて行った。
慎太郎は床《とこ》の上に、しばらくあぐらをかいていたが、やがて立ち上って電燈をともした。それからまた坐ったまま、電燈の眩《まぶ》しい光の中に、茫然《ぼうぜん》とあたりを眺め廻した。母が父を呼び
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