ゥし彼は兄よりもがむしゃらな所に強味があった。二人はしばらく獣《けもの》のように、撲《なぐ》ったり撲られたりし合っていた。
 その騒ぎを聞いた母は、慌ててその座敷へはいって来た。
「何をするんです? お前たちは。」
 母の声を聞くか聞かない内に、洋一はもう泣き出していた。が、兄は眼を伏せたまま、むっつり佇《たたず》んでいるだけだった。
「慎太郎。お前は兄さんじゃないか? 弟を相手に喧嘩《けんか》なんぞして、何がお前は面白いんだえ?」
 母にこう叱られると、兄はさすがに震え声だったが、それでも突かかるように返事をした。
「洋一が悪いんです。さきに僕の顔へトランプを叩きつけたんだもの。」
「嘘つき。兄さんがさきに撲《ぶ》ったんだい。」
 洋一は一生懸命に泣き声で兄に反対した。
「ずる[#「ずる」に傍点]をしたのも兄さんだい。」
「何。」
 兄はまた擬勢《ぎせい》を見せて、一足彼の方へ進もうとした。
「それだから喧嘩になるんじゃないか? 一体お前が年嵩《としかさ》な癖に勘弁《かんべん》してやらないのが悪いんです。」
 母は洋一をかばいながら、小突くように兄を引き離した。すると兄の眼の色が、急
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