明日はお前にも大厄日だ。おれも明日は死ぬかも知れない。よし又死なずにすんだ所が、この先二度とお前と一しよに掃溜《はきだ》めあさりはしないつもりだ。さうすればお前は大喜びだらう。」
その内に雨は又一しきり、騒がしい音を立て始めた。雲も棟瓦《むねがはら》を煙らせる程、近々に屋根に押し迫つたのであらう。台所に漂つた薄明りは、前よりも一層かすかになつた。が、乞食は顔も挙げず、やつと検べ終つた短銃へ、丹念に弾薬を装填《さうてん》してゐた。
「それとも名残りだけは惜しんでくれるか? いや、猫と云ふやつは三年の恩も忘れると云ふから、お前も当てにはならなさうだな。――が、まあ、そんな事はどうでも好《い》いや。唯おれもゐないとすると、――」
乞食は急に口を噤《つぐ》んだ。途端に誰か水口の外へ歩み寄つたらしいけはひがした。短銃をしまふのと振り返るのと、乞食にはそれが同時だつた。いや、その外に水口の障子ががらりと明けられたのも同時だつた。乞食は咄嗟《とつさ》に身構へながら、まともに闖入者《ちんにふしや》と眼を合せた。
すると障子を明けた誰かは乞食の姿を見るが早いか、反つて不意を打たれたやうに、「あつ」
前へ
次へ
全20ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング