て来ておくんなさい。……」
――何分かの後、懐《ふところ》に猫を入れたお富は、もう傘を片手にしながら、破《や》れ筵《むしろ》を敷いた新公と、気軽に何か話してゐた。
「姐《ねえ》さん。わたしは少しお前さんに、訊《き》きたい事があるんですがね。――」
新公はまだ間が悪さうに、お富の顔を見ないやうにしてゐた。
「何をさ!」
「何をつて事もないんですがね。――まあ肌身を任せると云へば、女の一生ぢや大変な事だ。それをお富さん、お前さんは、その猫の命と懸け替に、――こいつはどうもお前さんにしちや、乱暴すぎるぢやありませんか?」
新公はちよいと口を噤《つぐ》んだ。がお富は頬笑んだぎり、懐の猫を劬《いたは》つてゐた。
「そんなにその猫が可愛いんですかい?」
「そりや三毛も可愛いしね。――」
お富は煮え切らない返事をした。
「それとも又お前さんは、近所でも評判の主人思ひだ。三毛が殺されたとなつた日にや、この家の上《かみ》さんに申し訣がない。――と云ふ心配でもあつたんですかい?」
「ああ、三毛も可愛いしね。お上さんも大事にや違ひないんだよ。けれどもただわたしはね。――」
お富は小首を傾けながら、
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