くつした》に踵《かかと》の高い靴をはいた脚は鹿の脚のようにすらりとしている。顔は美人と云うほどではない。しかし、――保吉はまだ東西を論ぜず、近代の小説の女主人公《じょしゅじんこう》に無条件の美人を見たことはない。作者は女性の描写になると、たいてい「彼女は美人ではない。しかし……」とか何とか断《ことわ》っている。按《あん》ずるに無条件の美人を認めるのは近代人の面目《めんもく》に関《かかわ》るらしい。だから保吉もこのお嬢さんに「しかし」と云う条件を加えるのである。――念のためにもう一度繰り返すと、顔は美人と云うほどではない。しかしちょいと鼻の先の上った、愛敬《あいきょう》の多い円顔《まるがお》である。
 お嬢さんは騒《さわ》がしい人ごみの中にぼんやり立っていることがある。人ごみを離れたベンチの上に雑誌などを読んでいることがある。あるいはまた長いプラットフォオムの縁《ふち》をぶらぶら歩いていることもある。
 保吉はお嬢さんの姿を見ても、恋愛小説に書いてあるような動悸《どうき》などの高ぶった覚えはない。ただやはり顔馴染みの鎮守府《ちんじゅふ》司令長官や売店の猫を見た時の通り、「いるな」と考える
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