の顔を見つめている。しかもその眼に閃《ひらめ》いているのは神聖な感動でも何でもない。ただ冷やかな軽蔑《けいべつ》と骨にも徹《とお》りそうな憎悪《ぞうお》とである。神父は惘気《あっけ》にとられたなり、しばらくはただ唖《おし》のように瞬《またた》きをするばかりだった。
「まことの天主、南蛮《なんばん》の如来《にょらい》とはそう云うものでございますか?」
 女はいままでのつつましさにも似ず、止《とど》めを刺《さ》すように云い放った。
「わたくしの夫、一番《いちばん》ヶ瀬《せ》半兵衛《はんべえ》は佐佐木家《ささきけ》の浪人《ろうにん》でございます。しかしまだ一度も敵の前に後《うし》ろを見せたことはございません。去《さ》んぬる長光寺《ちょうこうじ》の城攻めの折も、夫は博奕《ばくち》に負けましたために、馬はもとより鎧兜《よろいかぶと》さえ奪われて居ったそうでございます。それでも合戦《かっせん》と云う日には、南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》と大文字《だいもんじ》に書いた紙の羽織《はおり》を素肌《すはだ》に纏《まと》い、枝つきの竹を差《さ》し物《もの》に代え、右手《めて》に三尺五寸の太刀《たち》を抜き、
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