妃《きさき》」と同じ母になったのである。神父は胸を反《そ》らせながら、快活に女へ話しかけた。
「御安心なさい。病もたいていわかっています。お子さんの命は預りました。とにかく出来るだけのことはして見ましょう。もしまた人力に及ばなければ、……」
 女は穏《おだや》かに言葉を挟《はさ》んだ。
「いえ、あなた様さえ一度お見舞い下されば、あとはもうどうなりましても、さらさら心残りはございません。その上はただ清水寺《きよみずでら》の観世音菩薩《かんぜおんぼさつ》の御冥護《ごみょうご》にお縋《すが》り申すばかりでございます。」
 観世音菩薩! この言葉はたちまち神父の顔に腹立たしい色を漲《みなぎ》らせた。神父は何も知らぬ女の顔へ鋭い眼を見据《みす》えると、首を振り振りたしなめ出した。
「お気をつけなさい。観音《かんのん》、釈迦《しゃか》八幡《はちまん》、天神《てんじん》、――あなたがたの崇《あが》めるのは皆木や石の偶像《ぐうぞう》です。まことの神、まことの天主《てんしゅ》はただ一人しか居られません。お子さんを殺すのも助けるのもデウスの御思召《おんおぼしめ》し一つです。偶像の知ることではありません。も
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