しお子さんが大事ならば、偶像に祈るのはおやめなさい。」
しかし女は古帷子《ふるかたびら》の襟を心もち顋《あご》に抑《おさ》えたなり、驚いたように神父を見ている。神父の怒《いかり》に満ちた言葉もわかったのかどうかはっきりしない。神父はほとんどのしかかるように鬚《ひげ》だらけの顔を突き出しながら、一生懸命にこう戒《いまし》め続けた。
「まことの神をお信じなさい。まことの神はジュデアの国、ベレンの里にお生まれになったジェズス・キリストばかりです。そのほかに神はありません。あると思うのは悪魔です。堕落《だらく》した天使の変化《へんげ》です。ジェズスは我々を救うために、磔木《はりき》にさえおん身をおかけになりました。御覧なさい。あのおん姿を?」
神父は厳《おごそ》かに手を伸べると、後ろにある窓の硝子画《ガラスえ》を指《さ》した。ちょうど薄日に照らされた窓は堂内を罩《こ》めた仄暗《ほのくら》がりの中に、受難の基督《キリスト》を浮き上らせている。十字架の下《もと》に泣き惑《まど》ったマリヤや弟子たちも浮き上らせている。女は日本風に合掌《がっしょう》しながら、静かにこの窓をふり仰いだ。
「あれが噂
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