かわらず》ひっそりしている。神父も身動きをしなければ、女も眉《まゆ》一つ動かさない。それがかなり長い間《あいだ》であった。
その内に神父は祈祷をやめると、やっと床《ゆか》から身を起した。見れば前には女が一人、何か云いたげに佇《たたず》んでいる。南蛮寺《なんばんじ》の堂内へはただ見慣れぬ磔仏《はりきぼとけ》を見物に来るものも稀《まれ》ではない。しかしこの女のここへ来たのは物好きだけではなさそうである。神父はわざと微笑しながら、片言《かたこと》に近い日本語を使った。
「何か御用ですか?」
「はい、少々お願いの筋がございまして。」
女は慇懃《いんぎん》に会釈《えしゃく》をした。貧しい身なりにも関《かかわ》らず、これだけはちゃんと結《ゆ》い上げた笄髷《こうがいまげ》の頭を下げたのである。神父は微笑《ほほえ》んだ眼に目礼《もくれい》した。手は青珠《あおたま》の「こんたつ」に指をからめたり離したりしている。
「わたくしは一番《いちばん》ヶ瀬《せ》半兵衛《はんべえ》の後家《ごけ》、しのと申すものでございます。実はわたくしの倅《せがれ》、新之丞《しんのじょう》と申すものが大病なのでございますが……
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