変る」尊いさがらめんと[#「さがらめんと」に傍線]を信じている。おぎんの心は両親のように、熱風に吹かれた沙漠《さばく》ではない。素朴《そぼく》な野薔薇《のばら》の花を交《まじ》えた、実りの豊かな麦畠である。おぎんは両親を失った後、じょあん[#「じょあん」に傍線]孫七の養女になった。孫七の妻、じょあんな[#「じょあんな」に傍線]おすみも、やはり心の優しい人である。おぎんはこの夫婦と一しょに、牛を追ったり麦を刈ったり、幸福にその日を送っていた。勿論そう云う暮しの中にも、村人の目に立たない限りは、断食や祈祷《きとう》も怠った事はない。おぎんは井戸端《いどばた》の無花果《いちじく》のかげに、大きい三日月《みかづき》を仰ぎながら、しばしば熱心に祈祷を凝《こ》らした。この垂れ髪の童女の祈祷は、こう云う簡単なものなのである。
「憐みのおん母、おん身におん礼をなし奉る。流人《るにん》となれるえわ[#「えわ」に傍線]の子供、おん身に叫びをなし奉る。あわれこの涙の谷に、柔軟《にゅうなん》のおん眼をめぐらさせ給え。あんめい[#「あんめい」に傍線]。」
 するとある年のなたら[#「なたら」に傍線](降誕祭《ク
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