》ざめたり、また血の色を漲《みなぎ》らせたりした。と同時に汗の玉も、つぶつぶ顔にたまり出した。孫七は今心の眼に、彼の霊魂《アニマ》を見ているのである。彼の霊魂《アニマ》を奪い合う天使と悪魔とを見ているのである。もしその時足もとのおぎんが泣き伏した顔を挙げずにいたら、――いや、もうおぎんは顔を挙げた。しかも涙に溢《あふ》れた眼には、不思議な光を宿しながら、じっと彼を見守っている。この眼の奥に閃《ひらめ》いているのは、無邪気な童女の心ばかりではない。「流人《るにん》となれるえわ[#「えわ」に傍線]の子供」、あらゆる人間の心である。
「お父様! いんへるの[#「いんへるの」に傍線]へ参りましょう。お母様も、わたしも、あちらのお父様やお母様も、――みんな悪魔にさらわれましょう。」
孫七はとうとう堕落した。
この話は我国に多かった奉教人《ほうきょうにん》の受難の中《うち》でも、最も恥《は》ずべき躓《つまず》きとして、後代に伝えられた物語である。何でも彼等が三人ながら、おん教を捨てるとなった時には、天主の何たるかをわきまえない見物の老若男女《ろうにゃくなんにょ》さえも、ことごとく彼等を憎んだと
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