さいまし。その代りおん教を捨てた上は、わたしも生きては居られません。………」
おぎんは切れ切れにそう云ってから、後《あと》は啜《すす》り泣きに沈んでしまった。すると今度はじょあんな[#「じょあんな」に傍線]おすみも、足に踏んだ薪《たきぎ》の上へ、ほろほろ涙を落し出した。これからはらいそ[#「はらいそ」に傍線]へはいろうとするのに、用もない歎《なげ》きに耽《ふけ》っているのは、勿論|宗徒《しゅうと》のすべき事ではない。じょあん[#「じょあん」に傍線]孫七は、苦々《にがにが》しそうに隣の妻を振り返りながら、癇高《かんだか》い声に叱りつけた。
「お前も悪魔に見入られたのか? 天主のおん教を捨てたければ、勝手にお前だけ捨てるが好《い》い。おれは一人でも焼け死んで見せるぞ。」
「いえ、わたしもお供《とも》を致します。けれどもそれは――それは」
おすみは涙を呑みこんでから、半ば叫ぶように言葉を投げた。
「けれどもそれははらいそ[#「はらいそ」に傍線]へ参りたいからではございません。ただあなたの、――あなたのお供を致すのでございます。」
孫七は長い間《あいだ》黙っていた。しかしその顔は蒼《あお
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