の風に吹かれながら、御降誕《ごこうたん》の祈祷を誦《じゅ》しつづけた。
「べれん[#「べれん」に傍線]の国にお生まれなされたおん若君様、今はいずこにましますか? おん讃《ほ》め尊《あが》め給え。」
 悪魔は彼等の捕われたのを見ると、手を拍《う》って喜び笑った。しかし彼等のけなげなさまには、少からず腹を立てたらしい。悪魔は一人になった後《のち》、忌々《いまいま》しそうに唾《つば》をするが早いか、たちまち大きい石臼《いしうす》になった。そうしてごろごろ転がりながら闇の中に消え失《う》せてしまった。
 じょあん[#「じょあん」に傍線]孫七《まごしち》、じょあんな[#「じょあんな」に傍線]おすみ、まりや[#「まりや」に傍線]おぎんの三人は、土の牢《ろう》に投げこまれた上、天主《てんしゅ》のおん教を捨てるように、いろいろの責苦《せめく》に遇《あ》わされた。しかし水責《みずぜめ》や火責《ひぜめ》に遇っても、彼等の決心は動かなかった。たとい皮肉は爛《ただ》れるにしても、はらいそ[#「はらいそ」に傍線](天国《てんごく》)の門へはいるのは、もう一息の辛抱《しんぼう》である。いや、天主の大恩を思えば、この暗い土の牢さえ、そのまま「はらいそ」の荘厳と変りはない。のみならず尊い天使や聖徒は、夢ともうつつともつかない中に、しばしば彼等を慰めに来た。殊にそういう幸福は、一番おぎんに恵まれたらしい。おぎんはさん・じょあん・ばちすた[#「さん・じょあん・ばちすた」に傍線]が、大きい両手のひらに、蝗《いなご》を沢山|掬《すく》い上げながら、食えと云う所を見た事がある。また大天使がぶりえる[#「がぶりえる」に傍線]が、白い翼を畳んだまま、美しい金色《こんじき》の杯《さかずき》に、水をくれる所を見た事もある。
 代官《だいかん》は天主のおん教は勿論、釈迦《しゃか》の教も知らなかったから、なぜ彼等が剛情《ごうじょう》を張るのかさっぱり理解が出来なかった。時には三人が三人とも、気違いではないかと思う事もあった。しかし気違いでもない事がわかると、今度は大蛇《だいじゃ》とか一角獣《いっかくじゅう》とか、とにかく人倫《じんりん》には縁のない動物のような気がし出した。そう云う動物を生かして置いては、今日《こんにち》の法律に違《たが》うばかりか、一国の安危《あんき》にも関《かかわ》る訣《わけ》である。そこで代官は一
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