共又呪が其時に破れて、それから永久にオービユルン家のものが昔に変らぬ富貴になると云ふ事も信じてゐる。
 近隣の農夫の一人は嘗て此宝を見た。其農夫は草の中に兎の脛骨の落ちてゐるのを見つけた。取上げてみると穴が明いてゐる。其穴を覗いて見ると、地下に山積してある黄金《きん》が見えた。そこで、急いで家へ鋤をとりに帰つたが、又砦へ来てみると、今度は何うしてもさつきそれを見た場所を見つける事が出来なかつた。

       ※[#ローマ数字3、1−13−23] 女王よ、矮人《わいじん》の女王よ、我来れり

 或夜、一生を車馬の喧噪から遠ざかつて暮した中年の男と、其親戚の若い娘と、自分との三人が、遠い西の方の砂浜を歩いてゐた。此娘は野原の上、家畜の間に動く怪し火の一つをも見逃さない能力があると云はれてゐる女であつた。自分たちは「忘れやすき人々」の事を話した。「忘れやすき人々」とは時として、精霊《フエアリイ》の群に与へらるゝ名前である。話|半《なかば》に、自分たちは、精霊の出没する場所として名高い、黒い岩の中にある浅い洞窟へ辿りついた。濡れた砂の上には、洞窟の反影が落ちてゐる。
 自分は其娘に何か見えるかと聞いた。それは自分が「忘れやすき人々」に訊ねやうと思ふ事を、沢山持つてゐたからである。娘は数分の間静に立つてゐた。自分は彼女が、目ざめたる夢幻に陥つて行くのを見た。冷な海風も今は彼女を煩はさなければ、懶い海のつぶやきも今は彼女の注意を擾《みだ》さない。
 自分は其時、声高く大なる精霊たちの名を呼んだ。彼女は直に岩の中で遠い音楽の声が聞えると云つた。それから、がやがやと人の語りあふ声や、恰も見えない楽人を賞讃するやうに、足を踏鳴らす音が、きこえると云つた。それ迄、もう一人のつれ[#「つれ」に傍点]は、二三間はなれた所を、あちこちと歩いてゐたが、此時自分たちの側を通りながら、急に、「何処か岩の向ふで、小供の笑ひ声が聞えるから、きつと邪魔がはいりませう」とかう云つた。けれ共、此処には自分たちの外に誰もゐない。これは彼の上にも亦、此処の精霊が既に其魅力を投げ始めてゐたのである。
 忽、彼の夢幻は娘によつて更につよめられた。彼女は、どつと人々の笑ふ声が、楽声や、がやがやした話し声や、足音にまぢつて聞えはじめたと云つた。それから又、今は前よりも深くなつたやうに見える洞窟から流れ出る明い光と、
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