「ケルトの薄明」より
THE CELTIC TWILIGHT
ウィリアム・バトラー・イエーツ William Butler Yeats
芥川龍之介訳
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)揺曳《えうえい》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)けれ共|忽《たちまち》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#ローマ数字1、1−13−21]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)とう/\櫃《ひつ》を見つけたので
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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※[#ローマ数字1、1−13−21] 宝石を食ふもの
平俗な名利の念を離れて、暫く人事の匆忙を忘れる時、自分は時として目ざめたるまゝの夢を見る事がある。或は模糊たる、影の如き夢を見る。或は歴々として、我足下の大地の如く、個体の面目を備へたる夢を見る。其模糊たると、歴々たるとを問はず、夢は常に其赴くが儘に赴いて、我意力は之に対して殆ど其一劃を変ずるの権能すらも有してゐない。夢は夢自らの意志を持つて居る。そして彼方此方と揺曳《えうえい》して、其意志の命ずるまゝに、われとわが姿を変へるのである。
一日、自分は隠々として、胸壁をめぐらした無底の大坑を見た。坑は漆々然として暗い。胸壁の上には無数の猿がゐて、掌に盛つた宝石を食つてゐる。宝石は或は緑に、或は紅に輝く。猿は飽く事なき饑を以て、ひたすらに食を貪るのである。
自分は、自分がケルト民族の地獄を見たのを知つた。己自身の地獄である。芸術の士の地獄である。自分は又、貪婪《どんらん》止むを知らざる渇望を以て、美なる物を求め奇異なる物を追ふ人々が、平和と形状とを失つて、遂には無形と平俗とに堕する事を知つた。
自分は又他の人々の地獄をも見た事がある。其一つの中で、ピイタアと呼ばるゝ幽界の霊を見た。顔は黒く唇は白い。奇異なる二重の天秤の盤《さら》の上に、見えざる「影」の犯した悪行と、未行はれずして止んだ善行とを量《はか》つてゐるのである。自分には天秤の盤《さら》の上り下りが見えた。けれ共ピイタアの周囲に群つてゐる多くの「影」は遂に見る事が出来なかつた。
自分は其外に又、ありとあらゆ
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