早春雑記
尾形亀之助

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 毎日のやうに隣りの鶏が庭へ入つて来る。
 鶏が書斎の前をいそいで通るので、いかにも跣足で歩いてゐるやうな恰好をする。羽や鳥冠が立派で、その上雄鶏などはすましてゐるやうな様子をしてゐるので可笑しい。
 彼等の中に一匹奇妙な鳴声をする雌がゐる。

 四五日前から地つづきに家主が家を建てゝゐる。今日は午後から曇つて、夕暮から雨になつた。

×

 又春が来る。なげつぱなしにして置いた季節が何処からか又帰つて来た。去年の春にまつはる不幸な感情を忘れたふりをして一年過ぎた。
 私はその人の写真をもつてゐない。見てゐる空いつぱいに広がる感情をどう縮めることも出来ない。

 細い月が出てゐる。一日西風が吹いて夜になつた。
 夢のやうな夕暮であつた。
 私はあなたに手紙を書かうとは思はない。はつきりした感情であなたを考へたくはない。
 私はただ夕暮を見てゐただけでいゝ。

 何時まで私はこんなことを考へてゐるのか。
 泣
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