題詩

から壜の中は
曇天のやうな陽気でいつぱいだ

ま昼の原を掘る男のあくびだ

昔――
空びんの中に祭りがあつたのだ


美しい娘の白歯

うつかり
話もしかけられない
気むず[#「ず」に「ママ」注記]かしやの白い美しい歯なみは
まつたく憎らしい


今日は針の気げんがわるい

今日は針の気げんがわるい

三度も指をつついてしまつたし
なかなか 糸もとほらなかつた
プッツ プッツ プッツ プッツ ――
針は布をくぐつては気げんのわるい顔を出しました

「お婆さん お茶にしませう」と針が
だが
お婆さんは耳が遠いので聞えません


女の顔は大きい

私は馬車の中で
妻を盗まれた男から話をしかけられてゐる

だんだん話を聞いてゐるうちに
妻を盗まれたのはどうも私であるらしい

で――
それはほんのちよつと前のことだとその男が云ふのでした

×

私は いつのまに馬車を降りたのか
妻の顔を恥かしそ[#「そ」に「ママ」注記]うに見てゐました


とぎれた夢の前に立ちどまる

月あかりの静かな夜る[#「る」に「ママ」注記]――

私は
とぎれた夢の前に立ちどまつてゐる

×

闇は唇のやうにひらけ
白い大きな花が私から少し離れて咲いてゐる
私の立つてゐるところは極く小さい島のもり上つた土の上らしい

×

私は鉛のやうに重も[#「も」に「ママ」注記]たい

×

死んだやうに静かすぎる

私は
消えてしまい[#「い」に「ママ」注記]さうな気がする

×

たくさんの――
烏だ
たくさんのねずみだ

一本の煙突だ

×

一人の馬鹿者だ

夢がとぎれてゐる


二人の詩

薄氷のはつてゐるやうな
二人

二人は淋みしい
二人の手は冷め[#「め」に「ママ」注記]たい

二人は月をみている


顔が

私は机の上で顔に出逢ひます
顔は
いつも眠むさうな喰べすぎを思はせる
太つた顔です

――で

それに就いて ゆつたり煙草をのむにはよい そして
ほのぼのと夕陽の多い日などは暮れる

×

夜る[#「る」に「ママ」注記]
燈を消して床に這入つて眼をつぶると
ちよつとの間その顔が少し大きくなつて私の顔のそばに来てゐます


或る話
(辞書を引く男が疲れてゐる)

「サ」の字が沢山列らんでゐた
サ・サ・サ・サ・サ・・・・・・と

そこへ
黄色の服を着た男が
路を尋ねに来たのです

でも
どの「サ」も知つてゐません
黄色の服はいつまでも立つてゐました

ああ――
どうしたことか
黄色い服には一つもボタンがついてゐないのです


雨降り

地平線をたどつて
一列の楽隊が ぐずぐず してゐた

そのために
三日もつづいて雨降りだ


秋の日は静か

私は夕方になると自分の顔を感じる

顔のまん中に鼻を感じる

噴水の前のベンチに腰をかけて
私は自分の運命をいろいろ考へた


夕暮に立つ二人の幼い女の子の話を聞く

夕暮れの街に
幼い女の子が二人話をしてゐます

「私 オチンチン[#「オチンチン」に傍点]嫌い[#「い」に「ママ」注記]よ」と醜い方の女の子が云つてゐます
「………………」もう一人の女の子が何んと云つたか
私はそこを通り過ぎてしまひました

きつと――
この醜い方の女の子はちよつと前まで遊んでゐた男の子にあまり好かれなかつたのだ
そして
「私オチンチン[#「オチンチン」に傍点]嫌い[#「い」に「ママ」注記]よ」と云はれてゐるもう一人の女の子は男の子に好かれたために当然オチンチン[#「オチンチン」に傍点]好きなことになつてしまつてその返事のしよ[#「よ」に「ママ」の注記]うに困ってゐたのにちがひない

寒む[#「む」に「ママ」注記]い風に吹かれて
明るい糸屋の店先きに立つて話してゐる幼い女の子達よ
返事に困つてゐる女の子に返事を強ひないで呉れ給へ


一日

君は何か用が出来て来なかつたのか

俺は一日中待つてゐた
そして
夕方になつたが
それでも 暗くなつても来るかも知れないと思つて待つてゐた

待つてゐても
とうとう君は来なかつた
君と一緒に話しながら食はふ[#「ふ」に「ママ」注記]と思つた葡萄や梨は
妻と二人で君のことを話しながら食べてしまつた


白い手

うとうと と
眠りに落ちそ[#「そ」に「ママ」注記]うな
昼――

私のネクタイピンを
そつとぬかうとするのはどなたの手です

どうしたことかすつかり疲れてしまつて
首があがらないほどです


レモンの汁を少し部屋にはじいて下さい


十一月の晴れた十一時頃

じつと
私をみつめた眼を見ました

いつか路を曲がらうとしたとき
突きあたりさうになつた少女の
ちよつとだけではあつたが
私の眼をのぞきこんだ眼です

私は 今日も眼を求めてゐた
十一月の晴れわたつた十一時頃の
室に




風は
いつぺんに十人の女に恋することが出来る

男はとても風にはかなはない

夕方――
やはらかいショールに埋づめた彼女の頬を風がなでてゐた
そして 生垣の路を彼女はつつましく歩いていつた

そして 又
路を曲ると風が何か彼女にささやいた
ああ 俺はそこに彼女のにつこり微笑したのを見たのだ

風は
彼女の化粧するまを白粉をこぼしたり
耳に垂れたほつれ毛をくはへたりする

風は
彼女の手袋の織目から美しい手をのぞきこんだりする
そして 風は
私の書斎の窓をたたいて笑つたりするのです


ある男の日記

妻をめとればおとなしくなる――

私は きげんのよい蝿にとりまかれて
昼飯の最中です


昼 床にゐる

今日は少し熱があります
ちよつと風邪きみなのでせう

明るい二階に
昼すぎまで寝て居りました

少女の頬のぬくみは
この床のぬくみに似てゐるのかしら
私は やはらかいぬくみの中に体をよこたへて
魚のよ[#「よ」に「ママ」注記]うに夢を見てゐました

「化粧には松の花粉がよい
百合の花のをしべ[#「をしべ」に傍点]を少し唇にぬつてごらんなさい」 と

そして
私はちかく坐る少女を夢みてぼんやりしてゐる
ぬるい昼の部屋は窓から明りをすすつて
私のかるい頭痛は静かに額に手をのせる


無題詩

夜になると訪ねてくるものがある

気づいて見ると
なるほど毎夜訪ねてくる変ん[#「ん」に「ママ」の注記]なものがある

それは ごく細い髪の毛か
さもなければ遠くの方で土を堀り[#「堀」に「ママ」注記]かへす指だ

さびしいのだ
さびしいから訪ねて来るのだ

訪ねて来てもそのまま消えてしまつて
いつも私の部屋にゐる私一人だ


四月の原に私は来てゐる

過去は首のない立像だ

或る年
ていねいに
恋は 青草ののびた土手に埋められた

それからは
毎年そこへ萠へ[#「へ」に「ママ」注記]出づる毒草があるのです

青い四月の空の下に
南風がそこの土手を通るときゆらゆらゆれながら
人を喰ふやうな形をして咲いてゐる花がそれなのです




三十になれば――
そんなことを思ひつづけて暮らしてしまつた
一日

ずつと年下の弟にわけもなくうらぎられて
あとは 口ひとつきかずに白靴を赤く染めかへるのに半日もかかつて
何を考へるではなしいつしんに靴をみがいてゐたんだ

そして夜は雨降りだ


日向の男

男のひたいに蝿がとまつてゐます

陽あたりのよい窓にもたれて
男は
今 ちよつと無念無想です

私は 男のそばの湯のみと
男とをくらべて見たいやうな――
うかうかと長閑なものに引入れられや[#「や」に「ママ」注記]うとするのです


昼の部屋

テーブルの上の皿に
りんごとみかんとばなな――と

昼の
部屋の中は
ガラス窓の中にゼリーのやうにかたまつてゐる

一人――部屋の隅に
人がゐる


月を見て坂を登る

はやり眼のやうな
月が
ぼんやりと街の上に登りかけた

若い娘をそとへ出しては
みにくくなります

今夜は「青い夜」です


ハンカチから卵を出します

私は魔術を見てゐた

魔術師は
赤と青の大きいだんだらの服を着てゐた

そして
魔術師は何かごまかさうとしてゐたが

とうとう
又 ハンカチの中から卵を一つ出してしまつた


商に就いての答

もしも私が商《あきなひ》をするとすれば
午前中は下駄屋をやります
そして
美しい娘に卵形の下駄に赤い緒をたててやります

午後の甘ま[#「ま」に「ママ」注記]つたるい退屈な時間を
夕方まで化粧店を開きます
そして
ねんいりに美しい顔に化粧をしてやります
うまいところにほくろを入れて 紅もさします
それでも夕方までにはしあげをして
あとは腕をくんで一時間か二時間を一緒に散歩に出かけます

夜は
花や星で飾つた恋文の夜店を出して
恋をする美しい女に高く売りつけます




昼は雨

ちんたいした部屋
天井が低い

おれは
ねころんでゐて蝿をつかまへた


無題詩

懶い手は
六月の草原だ

もの怯えした――人の形をした草原だ

×

寂び[#「び」に「ママ」注記]しげに連なつた五本の指――は
魂を売つてゐた


無題詩

昨夜 私はなかなか眠れなかつた

そして
湿つた蚊帳の中に雨の匂ひをかいでゐた
夜はラシヤのやうに厚く
私は自分の寝てゐるのを見てゐた

それからよほど夜る[#「る」に「ママ」注記]おそくなつてから
夢で さびしい男に追はれてゐた


黄色の夢の話

私の前に立つてゐる人はいつたい誰でせう

チヨツキ[#「チヨツキ」に傍点]に黄色のボタンをつけてゐるからあなたの友人でせうか
それとも
何年か前の私のチヨツキ[#「チヨツキ」に傍点]を着てゐる人でせうか
それが
影ばかりになつて佇んでゐるのですが


七月

「蜻蛉のしつぽ[#「しつぽ」に傍点]はきたない」

なんのことか
おれはそんなことを考へてゐた
そして
ときどき思ひ出した
七月


うす曇る日

私は今日は
私のそばを通る人にはそつと気もちだけのおじぎをします
丁度その人が通りすぎるとき
その人の踵のところを見るやうに

静かに
本のページを握つたままかるく眼をつぶつて
首をたれます

うす曇る日は
私は早く窓をしめてしまひます


十一月の私の眼

赤い花を胸につけた
丈の低いがつしりした男が
私の眼をよこぎらうとしてゐます

十一月の白ら[#「ら」に「ママ」注記]んだ私の眼を近くまで歩みよつたのです


少女

少女の帯は赤くつて
ずゐぶんながい

くるくると
どんな風にしてしめるのか
少女は美く[#「く」に「ママ」注記]しい


彼の居ない部屋

部屋には洋服がかかつてゐた

右肩をさげて
ぼたんをはづして
壁によりかかつてゐた

それは
行列の中の一人のやうなさびしさがあつた
そして
壁の中にとけこんでゆきさうな不安が隠れてゐた

私は いつも
彼のかけてゐる椅子に坐つてお化けにとりまかれた


旅に出たい

夜る[#「る」に「ママ」注記]

青いりんごが一つ
テーブルの上にのつてゐる

はつきりとしたかげとならんで
利口な唖のやうに黙りこんでゐる

そして
この青いりんごは私の大きい足の前に
二十五位のやせた未婚の女のやうにやさしい




四日も雨だ――
それでも松の葉はとんがり




何処かで逢つたことのある
トゲのやうにやせた
気むづかしやの異人の婆さんが
真面目くさつて畳の間から這ひ出て来た

「コンニチハ 気むづかしやのお婆さん
あなたの鼻に何時鍵をかけませう」


美く[#「く」に「ママ」注記]しい街

私は美しい少女と街をゆく
ぴつたりと寄りそつてゐる少女のかすかな息と
私の靴のつまさきと
少しばかり乾いた砂と
すつかり私にたよつてしまつてゐる少女の微笑

私は
街に酔ふ美しい少女の手の温く[#「く」に「ママ」注記]みを感じて心ひそかに――熱心に
少女に愛を求めてゐる

×

私はいつも街の美しい看板を思ふ
そして 遠く街に憧れて空を見てゐる


無題詩

私の愛してゐる少女は
今日も一人で散歩に出かけます

彼女は賑やかな街を通りぬけて原へ出かけます
そして

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