む日暮れを泥ぶかい沼の底の魚のやうに 私と私の妻がゐる 私は二階の書斎に 妻は台所にゐる
これは人のゐない街だ
一人の人もゐない、犬も通らない丁度ま夜中の街をそのままもつて来たやうな気味のわるい街です
街路樹も緑色ではなく 敷石も古る[#「る」に「ママ」の注記]ぼけて霧のやうなものにさへぎられてゐる どことなく顔のやうな街です 風も雨も陽も ひよつとすると空もない平らな腐れた花の匂ひのする街です
何時頃から人が居なくなつたのか 何故居なくなつたのか 少しもわからない街です
* *
* *
それは
「こんにちは」とも言はずに私の前を通つてゆく
私の旅びとである
そして
私の退屈を淋しがらせるのです
八角時計
私は
交番所のきたない八角時計の止つてゐるのを見たことがない
もちろん――
私はことさらに交番をのぞくことを好まない
×
八角時計は 何年か以前の記憶かも知れない
明るい夜
一人 一人がまつたく造花のよ[#「よ」に「ママ」の注記]うで
手は柔らかく ふくらんでゐて
しなやかに夜気が蒸れる
煙草と
あついお
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