は山を登る
そして
私の心は少しの重みをもつて私について来る
×
十一月の晴れわたつた朝
私は新ら[#「ら」に「ママ」の注記]しい洋服にそでをとほしてゐる
×
髪につけた明るいりぼん[#「りぼん」に傍点]に
私の心は軽る[#「る」に「ママ」の注記]い
私は待つ時間の中に這入つてゐる
ひつそりした電車の中です
未だ 私だけしか乗つてはゐません
赤い停車場の窓はみなとざされてゐて
丁度――
これから逢ひにゆく友が
部屋のなかに本を読んでゐるのですが
煙草を吸ふことを忘れてゐるので何か退屈そ[#「そ」に「ママ」の注記]うにしてゐます
春の街の飾窓
顔をかくしてゐるのは誰です
私の知つてゐる人ではないと思ふのですが
その人は私を知つてゐさうです
―――――――
犬の影が私の心に写つてゐる
明るいけれども 暮れ方のやうなもののただよつてゐる一本のたて[#「たて」に傍点]の路――
柳などが細々とうなだれて 遠くの空は蒼ざめたがらすのやうにさびしく
白い犬が一匹立ちすくんでゐる
おゝ これは砂糖のかたまりがぬるま湯の中でとけるやうに涙ぐましい
×
[#ここから3字下げ]
私は 雲の多い月夜の空をあはれなさけび声をあげて通る犬の群の影を見たことがある
[#ここで字下げ終わり]
五月の花婿
青い五月の空に風が吹いてゐる
陽ざしのよい山のみねを
歩いてゐる ガラスのきやしや[#「きやしや」に傍点]な人は
金魚のやうにはなやかで
新ら[#「ら」に「ママ」注記]しい時計のよ[#「よ」に「ママ」注記]うに美く[#「く」に「ママ」注記]しい
ガラスのきやしや[#「きやしや」に傍点]な人は
五月の気候の中を歩いてゐる
無題詩
ある詩の話では
毛を一本手のひらに落してみたといふのです
そして
手のひらの感想をたたいてみたら
手のひらは知らないふりをしてゐたと云ふのですと
十二月の路
のつぺりと私をたいらにする影はいつたい何です
蝶のかげでせうか
それとも 少女の微笑なのかしら
晴れた十二月の路に
私のかげは潰されたよりずつと平らです
五月
或る夕暮
なまぬるい風が吹いて来た
そして
部屋の中へまでなまぬるい風が流れこんできた
太陽が――馬鹿のよ[#「よ」に「ママ」注記]うな太陽が
遠くの煙突の所に沈みかけてゐた
無題詩
から壜の中は
曇天のやうな陽気でいつぱいだ
ま昼の原を掘る男のあくびだ
昔――
空びんの中に祭りがあつたのだ
美しい娘の白歯
うつかり
話もしかけられない
気むず[#「ず」に「ママ」注記]かしやの白い美しい歯なみは
まつたく憎らしい
今日は針の気げんがわるい
今日は針の気げんがわるい
三度も指をつついてしまつたし
なかなか 糸もとほらなかつた
プッツ プッツ プッツ プッツ ――
針は布をくぐつては気げんのわるい顔を出しました
「お婆さん お茶にしませう」と針が
だが
お婆さんは耳が遠いので聞えません
女の顔は大きい
私は馬車の中で
妻を盗まれた男から話をしかけられてゐる
だんだん話を聞いてゐるうちに
妻を盗まれたのはどうも私であるらしい
で――
それはほんのちよつと前のことだとその男が云ふのでした
×
私は いつのまに馬車を降りたのか
妻の顔を恥かしそ[#「そ」に「ママ」注記]うに見てゐました
とぎれた夢の前に立ちどまる
月あかりの静かな夜る[#「る」に「ママ」注記]――
私は
とぎれた夢の前に立ちどまつてゐる
×
闇は唇のやうにひらけ
白い大きな花が私から少し離れて咲いてゐる
私の立つてゐるところは極く小さい島のもり上つた土の上らしい
×
私は鉛のやうに重も[#「も」に「ママ」注記]たい
×
死んだやうに静かすぎる
私は
消えてしまい[#「い」に「ママ」注記]さうな気がする
×
たくさんの――
烏だ
たくさんのねずみだ
一本の煙突だ
×
一人の馬鹿者だ
夢がとぎれてゐる
二人の詩
薄氷のはつてゐるやうな
二人
二人は淋みしい
二人の手は冷め[#「め」に「ママ」注記]たい
二人は月をみている
顔が
私は机の上で顔に出逢ひます
顔は
いつも眠むさうな喰べすぎを思はせる
太つた顔です
――で
それに就いて ゆつたり煙草をのむにはよい そして
ほのぼのと夕陽の多い日などは暮れる
×
夜る[#「る」に「ママ」注記]
燈を消して床に這入つて眼をつぶると
ちよつとの間その顔が少し大きくなつて私の顔のそばに来てゐます
或る話
(辞書を引く男が疲れてゐる)
「サ」の字が沢山列らんでゐた
サ・サ・サ・サ・サ・・・・・・と
そこへ
黄色の服を着た男が
路を尋ねに来たのです
で
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