も
どの「サ」も知つてゐません
黄色の服はいつまでも立つてゐました
ああ――
どうしたことか
黄色い服には一つもボタンがついてゐないのです
雨降り
地平線をたどつて
一列の楽隊が ぐずぐず してゐた
そのために
三日もつづいて雨降りだ
秋の日は静か
私は夕方になると自分の顔を感じる
顔のまん中に鼻を感じる
噴水の前のベンチに腰をかけて
私は自分の運命をいろいろ考へた
夕暮に立つ二人の幼い女の子の話を聞く
夕暮れの街に
幼い女の子が二人話をしてゐます
「私 オチンチン[#「オチンチン」に傍点]嫌い[#「い」に「ママ」注記]よ」と醜い方の女の子が云つてゐます
「………………」もう一人の女の子が何んと云つたか
私はそこを通り過ぎてしまひました
きつと――
この醜い方の女の子はちよつと前まで遊んでゐた男の子にあまり好かれなかつたのだ
そして
「私オチンチン[#「オチンチン」に傍点]嫌い[#「い」に「ママ」注記]よ」と云はれてゐるもう一人の女の子は男の子に好かれたために当然オチンチン[#「オチンチン」に傍点]好きなことになつてしまつてその返事のしよ[#「よ」に「ママ」の注記]うに困ってゐたのにちがひない
寒む[#「む」に「ママ」注記]い風に吹かれて
明るい糸屋の店先きに立つて話してゐる幼い女の子達よ
返事に困つてゐる女の子に返事を強ひないで呉れ給へ
一日
君は何か用が出来て来なかつたのか
俺は一日中待つてゐた
そして
夕方になつたが
それでも 暗くなつても来るかも知れないと思つて待つてゐた
待つてゐても
とうとう君は来なかつた
君と一緒に話しながら食はふ[#「ふ」に「ママ」注記]と思つた葡萄や梨は
妻と二人で君のことを話しながら食べてしまつた
白い手
うとうと と
眠りに落ちそ[#「そ」に「ママ」注記]うな
昼――
私のネクタイピンを
そつとぬかうとするのはどなたの手です
どうしたことかすつかり疲れてしまつて
首があがらないほどです
ね
レモンの汁を少し部屋にはじいて下さい
十一月の晴れた十一時頃
じつと
私をみつめた眼を見ました
いつか路を曲がらうとしたとき
突きあたりさうになつた少女の
ちよつとだけではあつたが
私の眼をのぞきこんだ眼です
私は 今日も眼を求めてゐた
十一月の晴れわたつた十一時頃の
室に
風
風は
いつぺんに十人の女に恋することが出来る
男はとても風にはかなはない
夕方――
やはらかいショールに埋づめた彼女の頬を風がなでてゐた
そして 生垣の路を彼女はつつましく歩いていつた
そして 又
路を曲ると風が何か彼女にささやいた
ああ 俺はそこに彼女のにつこり微笑したのを見たのだ
風は
彼女の化粧するまを白粉をこぼしたり
耳に垂れたほつれ毛をくはへたりする
風は
彼女の手袋の織目から美しい手をのぞきこんだりする
そして 風は
私の書斎の窓をたたいて笑つたりするのです
ある男の日記
妻をめとればおとなしくなる――
私は きげんのよい蝿にとりまかれて
昼飯の最中です
昼 床にゐる
今日は少し熱があります
ちよつと風邪きみなのでせう
明るい二階に
昼すぎまで寝て居りました
少女の頬のぬくみは
この床のぬくみに似てゐるのかしら
私は やはらかいぬくみの中に体をよこたへて
魚のよ[#「よ」に「ママ」注記]うに夢を見てゐました
「化粧には松の花粉がよい
百合の花のをしべ[#「をしべ」に傍点]を少し唇にぬつてごらんなさい」 と
そして
私はちかく坐る少女を夢みてぼんやりしてゐる
ぬるい昼の部屋は窓から明りをすすつて
私のかるい頭痛は静かに額に手をのせる
無題詩
夜になると訪ねてくるものがある
気づいて見ると
なるほど毎夜訪ねてくる変ん[#「ん」に「ママ」の注記]なものがある
それは ごく細い髪の毛か
さもなければ遠くの方で土を堀り[#「堀」に「ママ」注記]かへす指だ
さびしいのだ
さびしいから訪ねて来るのだ
訪ねて来てもそのまま消えてしまつて
いつも私の部屋にゐる私一人だ
四月の原に私は来てゐる
過去は首のない立像だ
或る年
ていねいに
恋は 青草ののびた土手に埋められた
それからは
毎年そこへ萠へ[#「へ」に「ママ」注記]出づる毒草があるのです
青い四月の空の下に
南風がそこの土手を通るときゆらゆらゆれながら
人を喰ふやうな形をして咲いてゐる花がそれなのです
馬
三十になれば――
そんなことを思ひつづけて暮らしてしまつた
一日
ずつと年下の弟にわけもなくうらぎられて
あとは 口ひとつきかずに白靴を赤く染めかへるのに半日もかかつて
何を考へるではなしいつしんに靴をみがいてゐたんだ
そして夜は雨降りだ
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