日向の男
男のひたいに蝿がとまつてゐます
陽あたりのよい窓にもたれて
男は
今 ちよつと無念無想です
私は 男のそばの湯のみと
男とをくらべて見たいやうな――
うかうかと長閑なものに引入れられや[#「や」に「ママ」注記]うとするのです
昼の部屋
テーブルの上の皿に
りんごとみかんとばなな――と
昼の
部屋の中は
ガラス窓の中にゼリーのやうにかたまつてゐる
一人――部屋の隅に
人がゐる
月を見て坂を登る
はやり眼のやうな
月が
ぼんやりと街の上に登りかけた
若い娘をそとへ出しては
みにくくなります
今夜は「青い夜」です
ハンカチから卵を出します
私は魔術を見てゐた
魔術師は
赤と青の大きいだんだらの服を着てゐた
そして
魔術師は何かごまかさうとしてゐたが
とうとう
又 ハンカチの中から卵を一つ出してしまつた
商に就いての答
もしも私が商《あきなひ》をするとすれば
午前中は下駄屋をやります
そして
美しい娘に卵形の下駄に赤い緒をたててやります
午後の甘ま[#「ま」に「ママ」注記]つたるい退屈な時間を
夕方まで化粧店を開きます
そして
ねんいりに美しい顔に化粧をしてやります
うまいところにほくろを入れて 紅もさします
それでも夕方までにはしあげをして
あとは腕をくんで一時間か二時間を一緒に散歩に出かけます
夜は
花や星で飾つた恋文の夜店を出して
恋をする美しい女に高く売りつけます
昼
昼は雨
ちんたいした部屋
天井が低い
おれは
ねころんでゐて蝿をつかまへた
無題詩
懶い手は
六月の草原だ
もの怯えした――人の形をした草原だ
×
寂び[#「び」に「ママ」注記]しげに連なつた五本の指――は
魂を売つてゐた
無題詩
昨夜 私はなかなか眠れなかつた
そして
湿つた蚊帳の中に雨の匂ひをかいでゐた
夜はラシヤのやうに厚く
私は自分の寝てゐるのを見てゐた
それからよほど夜る[#「る」に「ママ」注記]おそくなつてから
夢で さびしい男に追はれてゐた
黄色の夢の話
私の前に立つてゐる人はいつたい誰でせう
チヨツキ[#「チヨツキ」に傍点]に黄色のボタンをつけてゐるからあなたの友人でせうか
それとも
何年か前の私のチヨツキ[#「チヨツキ」に傍点]を着てゐる人でせうか
それが
影ばかりになつて佇んでゐるのですが
七月
「蜻蛉のしつぽ[#「しつぽ」に傍点]はきたない」
なんのことか
おれはそんなことを考へてゐた
そして
ときどき思ひ出した
七月
うす曇る日
私は今日は
私のそばを通る人にはそつと気もちだけのおじぎをします
丁度その人が通りすぎるとき
その人の踵のところを見るやうに
静かに
本のページを握つたままかるく眼をつぶつて
首をたれます
うす曇る日は
私は早く窓をしめてしまひます
十一月の私の眼
赤い花を胸につけた
丈の低いがつしりした男が
私の眼をよこぎらうとしてゐます
十一月の白ら[#「ら」に「ママ」注記]んだ私の眼を近くまで歩みよつたのです
少女
少女の帯は赤くつて
ずゐぶんながい
くるくると
どんな風にしてしめるのか
少女は美く[#「く」に「ママ」注記]しい
彼の居ない部屋
部屋には洋服がかかつてゐた
右肩をさげて
ぼたんをはづして
壁によりかかつてゐた
それは
行列の中の一人のやうなさびしさがあつた
そして
壁の中にとけこんでゆきさうな不安が隠れてゐた
私は いつも
彼のかけてゐる椅子に坐つてお化けにとりまかれた
旅に出たい
夜る[#「る」に「ママ」注記]
青いりんごが一つ
テーブルの上にのつてゐる
はつきりとしたかげとならんで
利口な唖のやうに黙りこんでゐる
そして
この青いりんごは私の大きい足の前に
二十五位のやせた未婚の女のやうにやさしい
雨
四日も雨だ――
それでも松の葉はとんがり
蟲
何処かで逢つたことのある
トゲのやうにやせた
気むづかしやの異人の婆さんが
真面目くさつて畳の間から這ひ出て来た
「コンニチハ 気むづかしやのお婆さん
あなたの鼻に何時鍵をかけませう」
美く[#「く」に「ママ」注記]しい街
私は美しい少女と街をゆく
ぴつたりと寄りそつてゐる少女のかすかな息と
私の靴のつまさきと
少しばかり乾いた砂と
すつかり私にたよつてしまつてゐる少女の微笑
私は
街に酔ふ美しい少女の手の温く[#「く」に「ママ」注記]みを感じて心ひそかに――熱心に
少女に愛を求めてゐる
×
私はいつも街の美しい看板を思ふ
そして 遠く街に憧れて空を見てゐる
無題詩
私の愛してゐる少女は
今日も一人で散歩に出かけます
彼女は賑やかな街を通りぬけて原へ出かけます
そして
彼
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