のだ

×

夜半 私はそのことで眼を醒ましました


煙草

私が煙草をすつてゐると
少女は けむい[#「けむい」に傍点]と云ひます


昼ちよつと前です

すてきな陽気です

×

マツチの箱はからで
五月頃の空気がいつぱいつまつてゐる

このうすつぺらな
昼やすみちよつと前の体操場はひつそりして きれいに掃除がしてある




円い山の上に旗が立つてゐる

空はよく晴れわたつて
子供等の歌が聞えてくる

紅葉《もみじ》を折つて帰る人は
乾いた路を歩いてくる

秋は 綺麗にみがいたガラスの中です


病気

ヤサシイ娘ニイダカレテヰル トコロカラ私ノ病気ガ始マリマシタ

私ハ バイキンノカタマリニナツテ
娘ノ頬ノトコロニ飛ビツキマシタ

娘ハ私ヲ ホクロトマチガヘテ
丁度ヨイトコロニイ[#「イ」に「ママ」の注記]ル私ヲ中心ニシテ化粧ヲシマス


寂しすぎる

雨は私に降る――
私の胸の白い手の上に降る

×

私は薔薇を見かけて微笑する暗示をもつてゐない

正しい迷信もない
そして 寝床の中でうまい話ばかり考へてゐる


猫の眼月

嵐がやんで
大きくくぼんだ空に
低く 猫の眼のよ[#「よ」に「ママ」の注記]うな月が出てゐる

私の静物をぬすんでいつたのはお前にちがひない――
嵐のあとを
お前がいくら猫の眼に化けても

お前に眼鏡をとられるよ[#「よ」に「ママ」の注記]うなことのないやうにさつきから用心してゐる


隣の死にそ[#「そ」に「ママ」の注記]うな老人

隣りに死にそ[#「そ」に「ママ」の注記]うな老人がゐる

どうにも私は
その老人が気になつてたまらない
力のない足音をさせたり
こそこそ戸をあけて這入つていつて
そのまま音が消えてしまつたりする
逢ふまいと思つてゐるのに不思議によく出あふ
そして
うつかりすると私の家に這入つてきそ[#「そ」に「ママ」の注記]うになる


ある来訪者への接待

どてどてとてたてててたてた
たてとて
てれてれたとことこと
ららんぴぴぴぴ ぴ
とつてんととのぷ

んんんん ん

てつれとぽんととぽれ

みみみ
ららら
らからからから
ごんとろとろろ
ぺろぺんとたるるて


一本の桔梗を見る

かはいそ[#「そ」に「ママ」の注記]うな囚人が逃げた
一直線に逃げた

×

雨の中の細路のかたはら
草むらに一本だけ桔梗が咲いてゐる


昼の雨

土手も 草もびつしよりぬれて
ほそぼそと遠くまで降つてゐる雨

雨によどんだ灰色の空

松林の中では
祭りでもありそ[#「そ」に「ママ」の注記]うだ


曇天

遠くの停車場では
青いシルクハツトを被つた人達でいつぱいだ

晴れてはゐてもそのために
どこかしらごみごみしく
無口な人達ではあるがさはがしく
うす暗い停車場は
いつそう暗い

美く[#「く」に「ママ」の注記]しい人達は
顔を見合せてゐるらしい


月が落ちてゆく

赤や青やの灯のともつた
低い街の暗ら[#「ら」に「ママ」の注記]がりのなかに
倒しまになつたまま落ちてしまひそ[#「そ」に「ママ」の注記]うになつてゐる三日月は
いそいでゆけば拾ひ[#「ひ」に「ママ」の注記] そ[#「そ」に「ママ」の注記]うだ

三日月の落ちる近くを私の愛人が歩いてゐる
でも きつと三日月の落ちかかつてゐるのに気がついてゐないから

私が月を見てゐるのを知らずにゐます


彼は待つてゐる

彼は今日私を待つてゐる
今日は来る と思つてゐるのだが
私は今日彼のところへ行かれない

彼はコツプに砂糖を入れて
それに湯をさしてニユームのしやじでガジヤガジヤとかきまぜながら
細い眼にしは[#「は」に「ママ」の注記]をよせて
コツプの中の薄く濁つた液体を透して空を見るのだ

新しい時計が二時半
彼の時計も二時半
彼と私は
そのうちに逢ふのです


螻蛄《おけら》が這入つて来た

秋になつた――

螻蛄がこそこそ這入つて来た
くだのよ[#「よ」に「ママ」の注記]うなからだを引きずつて這入つて来た
遠慮でもしてゐるよ[#「よ」に「ママ」の注記]うに
頭のところにばかりついてゐる足を動かして
近路をしに部屋に這入つて来たよ[#「よ」に「ママ」の注記]うに
気がねそ[#「そ」に「ママ」の注記]うに歩いて 




私は椅子に坐つてゐる

足は重くたれて
淋び[#「び」に「ママ」の注記]しくゐる

私は こ[#「こ」に「ママ」の注記]うした私に反抗しない

私はよく晴れた春を窓から見てゐるのです


天国は高い

高い建物の上は夕陽をあびて
そこばかりが天国のつながりのよ[#「よ」に「ママ」の注記]うに
金色に光つてゐる

街は夕暮だ

妻よ――
私は満員電車のなかに居る


私 私はそのとき朝の紅茶を飲んでゐた

私の心
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