ですが


七月

「蜻蛉のしつぽ[#「しつぽ」に傍点]はきたない」

なんのことか
おれはそんなことを考へてゐた
そして
ときどき思ひ出した
七月


うす曇る日

私は今日は
私のそばを通る人にはそつと気もちだけのおじぎをします
丁度その人が通りすぎるとき
その人の踵のところを見るやうに

静かに
本のページを握つたままかるく眼をつぶつて
首をたれます

うす曇る日は
私は早く窓をしめてしまひます


十一月の私の眼

赤い花を胸につけた
丈の低いがつしりした男が
私の眼をよこぎらうとしてゐます

十一月の白ら[#「ら」に「ママ」注記]んだ私の眼を近くまで歩みよつたのです


少女

少女の帯は赤くつて
ずゐぶんながい

くるくると
どんな風にしてしめるのか
少女は美く[#「く」に「ママ」注記]しい


彼の居ない部屋

部屋には洋服がかかつてゐた

右肩をさげて
ぼたんをはづして
壁によりかかつてゐた

それは
行列の中の一人のやうなさびしさがあつた
そして
壁の中にとけこんでゆきさうな不安が隠れてゐた

私は いつも
彼のかけてゐる椅子に坐つてお化けにとりまかれた


旅に出たい

夜る[#「る」に「ママ」注記]

青いりんごが一つ
テーブルの上にのつてゐる

はつきりとしたかげとならんで
利口な唖のやうに黙りこんでゐる

そして
この青いりんごは私の大きい足の前に
二十五位のやせた未婚の女のやうにやさしい




四日も雨だ――
それでも松の葉はとんがり




何処かで逢つたことのある
トゲのやうにやせた
気むづかしやの異人の婆さんが
真面目くさつて畳の間から這ひ出て来た

「コンニチハ 気むづかしやのお婆さん
あなたの鼻に何時鍵をかけませう」


美く[#「く」に「ママ」注記]しい街

私は美しい少女と街をゆく
ぴつたりと寄りそつてゐる少女のかすかな息と
私の靴のつまさきと
少しばかり乾いた砂と
すつかり私にたよつてしまつてゐる少女の微笑

私は
街に酔ふ美しい少女の手の温く[#「く」に「ママ」注記]みを感じて心ひそかに――熱心に
少女に愛を求めてゐる

×

私はいつも街の美しい看板を思ふ
そして 遠く街に憧れて空を見てゐる


無題詩

私の愛してゐる少女は
今日も一人で散歩に出かけます

彼女は賑やかな街を通りぬけて原へ出かけます
そして

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