をして玄関に入つてゐた。そして、出て行つた私に黙つて札をつき出した。煮てゐる筍の匂ひが玄関までしてきてゐた。断つて台所へ帰ると、今度は綿屋が何んとか言つて台所を開けた。半ずぼんに中折なんかをかぶつてゐるのだつた。後ろ向きのまゝいゝかげんの返事をしてゐたら、綿の化けものは戸を開けたまゝ行つてしまつた。
秋冷
寝床は敷いたまゝ雨戸も一日中一枚しか開けずにゐるやうな日がまた何時からとなくつゞいて、紙屑やパンのかけらの散らばつた暗い部屋に、めつたなことに私は顔も洗ら[#「ら」に「ママ」の注記]はずにゐるのだつた。
なんといふわけもなく痛くなつてくる頭や、鋏で髯を一本づゝつむことや、火鉢の中を二時間もかゝつて一つ一つごみを拾い取つてゐるときのみじめな気持に、夏の終りを降りつゞいた雨があがると庭も風もよそよそしい姿になつてゐた。私は、よく晴れて清水のたまりのやうに澄んだ空を厠の窓に見て朝の小便をするのがつらくなつた。
ひよつとこ面
納豆と豆腐の味噌汁の朝食を食べ、いくど張りかへてもやぶけてゐる障子に囲まれた部屋の中に一日机に寄りかゝつたまゝ、自分が間もなく三十一にもなることが何の
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