三月の日
昼頃寝床を出ると、空のいつものところに太陽が出てゐた。何んといふわけもなく気やすい気持ちになつて、私は顔を洗ら[#「ら」に「ママ」の注記]はずにしまつた。
陽あたりのわるい庭の隅の椿が二三日前から咲いてゐる。
机のひき出しには白銅が一枚残つてゐる。
障子に陽ざしが斜になる頃は、この家では便所が一番に明るい。
五月
鳴いてゐるのは※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]だし、吹いてゐるのは風なのだ。部屋のまん前までまはつた陽が雨戸のふし穴からさし込んでゐる。
私は、飯などもなるつたけは十二時に昼飯といふことであれば申分がないのだと思つたり、もういつ起き出ても外が暗いやうなことはないと思つたりしてゐた。昨夜は犬が馬ほどの大きさになつて荷車を引かされてゐる夢を見た。そして、自分の思ひ通りになつたのをひどく満足してゐるところであつた。
から瓶につまつてゐるやうな空気が光りをふくんで、隣家の屋根のかげに桜が咲いてゐる。雨戸を開けてしまふと、外も家の中もたいした異ひがなくなつた。
筍を煮てゐると、青いエナメルの「押売お断り」といふかけ札を売りに来た男が妙な顔
前へ
次へ
全30ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾形 亀之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング