なければならないものにさへ、われわれはうつかりして自分の方から金を出して買つてゐたのだ――といふことがすばらしい人気を呼んで本が一冊も売れなくなつたり、電車の行つたり来たりするのを見てゐた二人の子供の一人が「朝の一番最始[#「始」に「ママ」の注記]の電車はどつちから先に来るんだ」と言つたことに端を発して、朝に就ては世の学者誰一人として何も知らなかつたことを暴露してしまつたり、最低価額の下宿住ひの或る男が、そこの賄ひだけで死なずに十分生きてゆける筈なのに、時折りカフエーなどに出入してビールやトンカツを食ふということが、どういふわけのことであるのかといふことになつて、結局は熱心な学者に依つて生きたまゝ解剖されて脳と胃袋がアルコール漬の標本になつてしまつた等々々――のさうした状態もそのまゝずい[#「い」に「ママ」の注記]ぶん永くつゞくだけはつゞいたのです。
 そして、何時の間にか電車の数が住居者の人口より多くなつてゐたり、警官の数が警官でない者の五倍にもなつてゐるのにびつくりして、最善の方法としてそのまゝに二つのものゝ位置をとりかへたりするやうなことを幾度かくりかへした頃には、人達はてんでに疲れてしまつたのです。そして、あの大砲を打ちながら消息を絶つてしまつたりした博士達のゐた頃からでさへすでに数へきれないほどの時間が経過してしまつてゐるのに、まだこれから来る時間が無限だと聞かされた人達は何がなんだかまるでわからなくなりました。
 一方、何時の頃からか国の形も次第にわかり広さもわかつて彩色した立派な地図も出来、その国のほかにもまだたくさんの異つた国のあることを知ると、王様や大臣達は自分の国がさう広いやうには思はれなくなりましたが、その綺麗な地図の中に何一つ自分のものを持つてゐない人達はそれに何らの興味もないばかりでなく、地図の中の一里四方といふ面積が何を標準にしてきめた広さなのか更にけんとうもつかないのでありました。王様や大臣達は彼らが面積とは何であるか知らないのに驚きました。


後記

泉ちやんと猟坊へ

 元気ですか。元気でないなら私のまねをしてゐなくなつて欲しいやうな気がする。だが、お前達は元気でゐるのだらう。元気ならお前たちはひとりで大きくなるのだ。私のゐるゐないは、どんなに私の頬の両側にお前達の頬ぺたをくつつけてゐたつて同じことなのだ。お前達の一人々々があつて
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