障子のある家
尾形亀之助
−−
【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]
−−
あるひは(つまづく石でもあれば私はそこでころびたい)
自序
何らの自己の、地上の権利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。それからその次へ。
私がこゝに最近二ヶ年間の作品を随処に加筆し又二三は改題をしたりしてまとめたのは、作品として読んでもらう[#「う」に「ママ」の注記]ためにではない。私の二人の子がもし君の父はと問はれて、それに答へなければならないことしか知らない場合、それは如何にも気の毒なことであるから、その時の参考に。同じ意味で父と母へ。もう一つに、色々と友情を示して呉れた友人へ、しやうのない奴だと思つてもらつてしも[#「も」に「ママ」の注記]うために。
[#ここから2字下げ ]
尚、表紙の緑色のつや紙は間もなく変色しやぶけたりして、この面はゆい一冊の本を古ぼけたことにするでせう。
[#ここで字下げ終わり ]
三月の日
昼頃寝床を出ると、空のいつものところに太陽が出てゐた。何んといふわけもなく気やすい気持ちになつて、私は顔を洗ら[#「ら」に「ママ」の注記]はずにしまつた。
陽あたりのわるい庭の隅の椿が二三日前から咲いてゐる。
机のひき出しには白銅が一枚残つてゐる。
障子に陽ざしが斜になる頃は、この家では便所が一番に明るい。
五月
鳴いてゐるのは※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]だし、吹いてゐるのは風なのだ。部屋のまん前までまはつた陽が雨戸のふし穴からさし込んでゐる。
私は、飯などもなるつたけは十二時に昼飯といふことであれば申分がないのだと思つたり、もういつ起き出ても外が暗いやうなことはないと思つたりしてゐた。昨夜は犬が馬ほどの大きさになつて荷車を引かされてゐる夢を見た。そして、自分の思ひ通りになつたのをひどく満足してゐるところであつた。
から瓶につまつてゐるやうな空気が光りをふくんで、隣家の屋根のかげに桜が咲いてゐる。雨戸を開けてしまふと、外も家の中もたいした異ひがなくなつた。
筍を煮てゐると、青いエナメルの「押売お断り」といふかけ札を売りに来た男が妙な顔
次へ
全15ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾形 亀之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング