自分の家ときめてゐる心安さは、便所はどこかと聞かずにもすみ、壁にかゝつてゐるしわくちやの洋服や帽子が自分の背丈や頭のインチに合ひずぼんの膝のおでんのしみもたいして苦にはならぬが、二人の食事に二人前の箸茶碗だけしかをそろへず、箸をとつては尚のこと自分のことだけに終始して胃の腑に食物をつめ込むことを、私は何か後めたいことに感じながらゐるのだ。まだ大人になりきらない犬が魚の骨を食ひに来る他は、夜になると天井のねずみが野菜を食ひに出てくる位ひ[#「ひ」に「ママ」の注記]のもので、台所はいつも小さくごみつぽく、水などがはねて、米櫃のわきにから瓶などが列[#「列」に「ママ」の注記]らんでゐる。又、一山十銭の蕗の薹を何故食べぬうちにひからびさしてしまつたかとは、すてるときに一ツが芥箱の外へころがり出る感情なのであろうか。
夜の飯がすんで、後は寝るばかりだといふたあいなさでもないが、私は結局寝床に入[#「入」に「ママ」の注記]いつて、夜中に二度目をさまして二度目に眠れないで煙草をのんでゐたりするのだ。ときには天井の雨漏りが寝てゐる顔にも落ちてくるのだが、朝は、誰も戸を開けに来るのではなくいつも内側から開けてゐるのだ。眼やになどをつけたとぼけた顔に火のついた煙草などをくはへて、もつともらしく内側から自分の家のふたを開けるのだ。
おまけ 滑稽無声映画「形のない国」の梗概
形のない国がありました。飛行機のやうなものに乗つて国の端を見つけに行つても、途中から帰つて来た人達が帰つてくるだけで、何処までも行つた人達は永久に帰つては来ないのでした。勿論この国にも大勢の博士がゐましたから、どの方向を見ても見えないところまで広いのだからこの国は円形だと主張する一派や、その反対派がありました。反対派の博士達は三角形であると言ふのでしたが、なんだか無理のありさうな三角説よりも円形説の方がいくぶん常識的でもあり「どつちを見ても見えないところまで云云……」などといふ証明法などがあるので、どつちかといふと円形だといふ方が一般からは重くみられてゐました。円にしても三角にしても面積をあらはさうとしてはゐるのですが、確かな測量をしたのではないのですからあてにはなりませんでした。或る時、この二つの派のどちらにもふくまれてゐない博士の一人が、突然気球に乗つて出来るだけ高く登つて下の方を写真に写して降りて来てず
前へ
次へ
全15ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾形 亀之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング