子の帯とか乏しい衣類をひろげて見た。
 其処には老婆の若い時の記念のやうな物は何一つ残ってゐなかった。
 かたみを遣らねばならない人もなかった。
 もうどこにも老婆の影は見当らなかった。
 ほんに瞬間に消えて了った影とも思はれた。
(おばあさまも自身の娘があったら?)
 かめよは何故ともなしにそのことを思って見た。そして何かしらむなしい思ひが込みあげて来た。義理といふことを忘れて思ふことの出来ないむなしさだった。
 老婆の死にぎはの頃の、気の毒な呼び声は未だまざまざとかめよの耳に残ってゐた。
 あそこ迄行かなくては死ねないものかと思ふと他人の事とも自分の事とも判らないやうな心細い思ひが胸に沁みて来るやうだった。
『それでも身内があれば気強いといふものだらうか!」
 かめよはさう呟くやうに吐息をついた。
[#地から3字上げ]――六・八・一二―― 
[#地から3字上げ](「つばさ」第二巻第八号)



底本:「定本金田千鶴全集」短歌新聞社
   1991(平成3)年8月20日発行
初出:「つばさ 第二巻第八号」つばさ発行所
   1931(昭和6)年9月1日
入力:林 幸雄
校正:土屋隆
2009年3月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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