一枚掃いたんだっちふことだで……」
 蚕種枠製一枚について何貫取るかといふ事は、凡そどこでも競争になってゐた。米と異って蚕の方は成る丈お互ひに自慢し合った。春蚕だと種類にもよるが大抵八貫前後取れるのだが、夏蚕になるとさうはゆかなかった。
 志津は是程に骨を折ってそれで何貫取れるかと思ふと心細かった。「蚕さへあがったら?」さうあてにしきってゐるのだが、考へて見ればいくらの収入になるのでもなかった。
 さしづめ何に振当てていいか見当もつかぬ程手許が逼迫してゐる。
 食ひ盛りの久衛も清作もハラハラする程よく食べた。志津は屡々さもしい心に苦しめられた。
「ひと休みせまいかな!」
 お巣掻きが一片附いた。おときはさう云って腰をのばした。光線の入らぬ土蔵の中は真夏でも案外涼しかった。志津はお茶を入れる為炉端で火を焚きつけた。穢く汚れた炉端の蓆におときは坐った。
 壁に一枚紙片が貼られてある。
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   森田区婦人会申合
一、現今不況に際しお互ひに出来る丈質素倹約を守りませう
一、お茶菓子廃止、その他冗費は一切はぶき自給自足でゆきませう
一、麦・蕎麦・栗・豆・大根の副食物を多く食
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