こは進んどるらなむ! 飼ひがおいいで……」
「昨日桑付けしたとこな。夜跨ぎになって手間が取れちまって……。なんしょ芽桑がちょっともないんで骨が折れてわしァふんと悲しくなったもの!」
 おときは溜息をつくやうにして云った。
「うちのもみんなとまってしまって……」
「ほんにこちらのもとまってしまった!陽気の加減だなむ!どうしたって芽は、四方咲でも作ってうんと肥やさにゃ駄目な!」おときはさう呟くやうに云ったがふと、
「ちょっとまあ、松下の畑を見て御覧な! なんたらいい芽が揃っとるら! 綺麗で目が醒めるやうぢゃな!」
 いかにも羨望に堪へぬ口調で云った。
 そこらは見下す位置になってゐる隣家の畑は今丁度夕陽があたって、一斉に伸び立った桑の若芽がみづみづと黄緑色の蓆《むしろ》をのべたやうに遠く見渡された。桑畑の茂りで隣家は大方隠れてゐる。
 おときは猶しばらく喋りつづけた。
「ほんに喜八郎まは如何だな! あのまんまいい向でおいでるらなむ!」
「ありがたうございます」
 志津は一寸頭を下げたが、大分いい様子だと云ふ事を話した。
「その節は色々心配しておくれて……」志津はもう一度頭を下げた。
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