分、喜八郎さがえらい大病したってなむ!。肋膜かどっかで死にさうだったって!」
「うむ、弱り目に祟り目さ。だが森田も変りや変ったもんだな!」
勝太は何か動かされたやうな云ひ方をした。
「死んだお袋がよう云ったもんだ、稲|扱《こはし》休みに南瓜《かぶちゃ》の飯を煮とったら、森田のお安様が年貢取りに来て、火端へ上ってお出で、南瓜煮えたけ! さう云って一つ突つき乍ら、おめえ米なんちふものはな、有りゃ有って、始終水車小屋へ通はんならん……。搗け過ぎりゃせんか、盗られりゃせんかって苦労の絶えたことはない、みんなおんなしこんだわな……ってさうお云ひて……俺らだまって聞いて居ったが悲しかったでいまにわすれんよってなあ!」
勝太はさう話してゐる中に現に自分が云はれたやうな口惜しさの湧くのを覚えた。
森田の元の邸には台所が二つ在って耕地の者は下の台所迄しか行けなかった。勝太のお袋達の時代には、正月と盆には耕地中の者が家族全部引連れて土下座の形でお招ばれに行った。それは単なる小作人と地主の関係ではなく、農奴として厳格な主従の関係を結ばれてゐたので、耕地の者は大屋へ絶えず出入して召使ひの役目を果たしてゐたのであった。それはこの森田部落許りでなく、他の部落も同様で部落部落に一軒づつ大屋が在って、耕地の者は山林田畑と等しく大屋の所有財産で有り、人間の売買さへも行はれてゐたのである。
自分等の祖先達の事を思ふ度、勝太は激しい屈辱を感じないではゐられなかった。
その思ひにこそ身を粉にして働き続けて来たのではなかったか……。
留吉はふとにやにやして
「あれで森田のお志津さも独りで遣って行けるらか?」と云った。その意味がみんなに解った。
「そりゃ遣って行くとも! 亭主やなになくたって……。女はそこへ行くと子供さへありゃ強いものだに!」
まっゑがハキハキした口調で云った。
「どうだか! 女寡婦に花が咲くって昔から云っとるでハハハハ……」
新蔵は笑って云った。
「こないだ、おふじさが馬鹿に洒落た風をして帰って来たぞ。馬鹿に若々した顔しとった……」
「おふじさは製糸で取るで工面がいいな!」
「製糸でいくら取れず! 口稼ぎがやっとこだ。又いい金主がついたんずら!」
留吉は女房の顔を見乍ら云った。
「だが由公は脆く死にゃがったな……。森田の利国さの好い相手だったが……。ありゃ酒がもとだな……。
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