のおやしきばかりでした。
勝手口《かってぐち》へは、どこの家でも、たいがい女中《じょちゅう》さんがでてくるのでした。
「それではね、いちごを二|箱《はこ》と、それからなにかめずらしいものがあったら、いつものくらいずつ、届《とど》けてくださいな。」
そういったおおような注文《ちゅうもん》をする家が多かったのです。要吉は、それをひとつひとつ小さな手帳《てちょう》にかきつけました。
昼《ひる》からになって配達《はいたつ》がすむと、今度《こんど》は店番《みせばん》です。つぎからつぎと、いろんなお客がやってきます。
「なるべく上等《じょうとう》なやつをいろいろまぜて、これだけかごにつめてくれ。ていさいよくのしをつけて。」
そういって、新しい札《さつ》をぽんとなげだす人もあります。かと思うと、一山いくらのところをあれこれと見まわってから、ごそごそと帯《おび》の間《あいだ》から財布《さいふ》がわりの封筒《ふうとう》をとりだす、みすぼらしいおばあさんもあります。
「きんかん、これだけおくれ。」
そういって、いくらかの銅貨《どうか》を店さきになげだす子どももありました。
そういうお金のなさそうな人をみると、要吉は、うんとまけてやりたい気がしました。どうせ、売れ残ればすててしまうのだもの、買いたくっても買いたくっても買えないような人たちには、どしどしたくさんやったらよさそうなものだと思いました。しかし、そんなことをしようものなら、主人《しゅじん》やおかみさんに、しかられるだけならまだしも、こっぴどい目にあわされるにきまっています。
いつか、きたないなりをして、髪《かみ》をもじゃもじゃにしたそれはそれは小さな女の子が、よごれた風呂敷《ふろしき》づつみをぶらさげて、店の前にたっていたことがありました。それは、朝鮮《ちょうせん》あめを売って歩く子だったのです。女の子は、いかにもほしそうに、店の品ものをながめていました。
要吉は、かわいそうになったものですから、いきなり、きずもののバナナをひとつかみつかんで、女の子にもたせました。と、奥《おく》からでてきたおかみさんが、ふいに要吉をどなりつけました。
「なにしてるんだい。」
「え、あの、ローズものを少しやったんです。」
「よけいなことおしでないよ。」おかみさんは、いきなり、うしろから要吉のほっぺたをぴしゃんとなぐりつけました。「やってよけりゃあ、わたしがやるよ。……そんなことをした日にゃあ、店の品《しな》もんが安っぽくなってしょうがないじゃあないか。」
要吉は、そんなことを思いだすと、みすみすすてるもんだとは思いながらも、貧乏《びんぼう》なおばあさんや子どもに対《たい》しても、みかんひとつまけてやることができませんでした。
要吉は、なんということなく、毎日毎日の自分の仕事がつまらなくってたまらなくなるのでした。
要吉は、また、ある日、おやしきへ御用聞きにいきました。すると、ちょうどお勝手口へでていた女中が、まっ黒くなったバナナをごみ箱へすてていました。
「おや、どうなすったんですか。こないだお届《とど》けしたのは新しかったはずですが。」
要吉は、びっくりして聞きました。[#「ました。」は底本では「ました」]
「なあに、これは、もうせんにとっといたのよ。」と女中はいいました。「到来《とうらい》ものやなんかが多《おお》くって、奥《おく》でめし上がらなかったもんで、しまっといてくさらしちゃったのさ。」
女中は平気《へいき》な顔でいいました。しかし要吉はなんともいえないくやしい気がしました。
「もったいない話ですね。そんなにならないうちに、だれかめし上がる方《かた》はないんですか。」
「ああ、お許《ゆる》しがでないとあたしたちもいただけやしないからね。それに、」と、女中は妙《みょう》な顔をして笑いながらいいました。「そんなに心配《しんぱい》しなくったっていいわよ。こっちでかってにくさらしたんだから、またいくらでもとってあげるわよ。お金さえ払《はら》やぁ、おまえさんの商売に損《そん》はないじゃあないの。」
「それはそうですけれど……」
要吉は、なんとなくむかむかするといっしょに悲《かな》しい気持になりました。店でくさらせるばかりでなく、こうして、おやしきの台所《だいどころ》へきても、まだ、たべる人もなくくさらせる。大ぜいの人びとの手をかけて、やっとのことでここまで運《はこ》ばれてきたとおとい品物《しなもの》がだれにもたべてもらえずにくさっていく。ただ、ごみ箱へすてられるためにばかり運ばれてくるとして、それでいいものだろうか。しかし、一方《いっぽう》には、くさりかけた一山いくらのものでさえも、十分《じゅうぶん》にはたべられない人びとが大ぜいいるのに。
「ああ、今夜《こんや》もまた、あのやぶ
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