に傍点]がびっしりと生《は》え茂《しげ》っているばかりで、人間くさいものなんか一つもありはしない。まったく夕方なんぞ、列車《れっしゃ》の車掌室《しゃしょうしつ》から、ひとりぼっちで外をながめていると、泣《な》きたくも泣けないような気もちだった。そういう時には、川のそばへさしかかって、水音をきくだけでもうれしかった。――くまなども、はじめは、汽車《きしゃ》を見るとみょうなけものがやってきたぐらいに思ったらしい。機関車《きかんしゃ》の前へのこのこでてきてにげようともしないので、汽笛《きてき》をピイピイ鳴《な》らしてやっと追《お》いはらったというような話もあった。
さて、わたしが、くまと、列車《れっしゃ》の中で大格闘《だいかくとう》をしたという話も、まあ、そんな時分《じぶん》のことなのだ。
秋《あき》のことだった。終点《しゅうてん》の|I駅《あいえき》からでる最終《さいしゅう》列車に後部車掌《こうぶしゃしょう》をつとめることになったわたしは、列車の一ばん後《うしろ》の貨車《かしゃ》についた三|尺《じゃく》ばかりしかない制動室《せいどうしつ》に乗りこんだ。制動室というのはブレーキがあるから
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