でにしまったのに相違《そうい》ない。あけようと、あせっても、なにしろ前にくまをひかえて、片手をうしろにまわしての仕事《しごと》だから困《こま》った。くまはいよいよ牙《きば》をむきだし、いまにもとびかかろうという気勢《きせい》を見せている。
「いつものところで、ブレーキをかけることをおこたったら、列車は脱線《だっせん》するかもわからない。けわしい崖《がけ》の中腹《ちゅうふく》を走っている列車は、それと同時《どうじ》に数《すう》十|尺《しゃく》の下に岩《いわ》をかんでいる激流《げきりゅう》に、墜落《ついらく》するよりほかはない。」
 そう思うと、自分は、もうじっとしていられなかった。おそろしさもわすれて、いきなり、さけをひろい上げると、それをくまの方に投《な》げつけておいて、そのひまに戸をあけようとあせった。
「うわう……。」
 ものすごいさけび声が列車の騒音《そうおん》にもまぎれずに、ひびきわたった。ガタピシとひっかかって、戸は動《うご》こうともしない。自分はふり返《かえ》りざま、また、気ちがいのようにランプをふりまわした。くまは、後足《あとあし》で立ち上がったまま赤いランプの光におびえ
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