うじん》しながら、そろそろとあたりをかき探《さが》してみた。なんというあてもない、ただ自分は、むちゅうでそんなことをしていたのだ。
「うわう……。」
くまは、またうなり声をあげた。自分は、ぎょっとして、そちらを見すかしたが、真暗《まっくら》やみの中で、よくは見えないが、くまは戸口に前足をかけたまま、動《うご》かずにいるようだ。
自分は、その時、みょうなことを考えた。――いや、考えたことがらは、みょうでもなんでもないのだが、そんな、せっぱつまった場合《ばあい》に、よくも、あんな、のんきなことを考えだしたものだと、それがみょうなのだ。
それは、自分がいままでにきいたくまについての、いろんなめずらしい話なのだ。そんなものが、つぎからつぎへと頭《あたま》にうかんできた。
……そのうちの一つは、ふいに山の中でくまにでくわした人の話だった。そういう場合に、死んだふりをするということはだれでも知っている。しかし、これは、それにしてもものすごい話だった。――その人は、やはり、どうすることもできず、仕方《しかた》なしにたおれて息《いき》を殺《ころ》していたのだそうである。くまが、頭《あたま》のそばへきて、自分をかぎまわしているのが、はっきりとわかる。かれは、まったく死んだようになって、心臓《しんぞう》の鼓動《こどう》までも止めるようにしていた。もっとも、そんな時にはかえって心臓はドキドキとはげしく打《う》ったことだろうが……。じょうだん[#「じょうだん」に傍点]はさておき、二|分《ふん》……三分……そのうちにくまのけはいがしなくなったように思われた。その男は、もういいだろうと思って、かすかにうす目をあいて見たのだそうだ。――その瞬間《しゅんかん》、ザクンと一打《ひとうち》、大きなくまの手が、かれの右の額《ひたい》から頭にかけて打ちおろされた。男は、むちゅうでバネ仕掛《じかけ》のようにとび上がって、あとはどうしたのか自分にはわからない。ともかくその男は助《たす》かったそうである。大方《おおかた》、くまもふいをうたれてびっくりしたのだろう。しかし、目をあいて見るまでの時間は、わずか一分か二分だったのだろうが、その男には、どんなに長く感《かん》じられたことだろう。――
つい、話が横道《よこみち》にそれた。――しかし、くまといっしょに貨車《かしゃ》の中にとじこめられたまま、自分はま
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