ゆるんできたようだ。自分は、また、ブレーキのことを思い出して、ぞっとした。
「うううううう。」
くまはきゅうにまた、ものすごいうなり声をたてはじめた。さて、どうしたら、自分は制動室《せいどうしつ》へもどることができるであろうか?
「うわう……。」
と、一声、すさまじいうなり声をあげたと思うと、いきなりとびかかってきたくまの腹《はら》の下を、横にくぐりぬけるようにからだをなげだしたので、あぶないところで、自分はくまの爪《つめ》にかかることだけはのがれることができたのだが、さて、少し気が落着《おちつ》いてくると、おそろしさと不安《ふあん》とが、前の二|倍《ばい》になって自分の胸《むね》におしよせてきた。
たった一つののがれ道だと思ったガラスまどは、くまの大きなからだで、すっかりふさがれてしまったのだ。自分とくまは、さっきとはまったく、あべこべになったわけだ。自分はまるでくまのおりへ入れられたようなものだ。
さっきまでは、とにかくにげられそうな希望《きぼう》があった。まどへ両手《りょうて》をかけてさえしまえば、飛越台《とびこしだい》の要領《ようりょう》ででも、どうにか制動室へからだを運《はこ》ぶことができると思っていた。それがだめだとなると、自分はまったくもう、どうしていいかわからなくなってしまった。自分の命《いのち》があぶないばかりでなく、車掌《しゃしょう》として重大《じゅうだい》な任務《にんむ》をはたすことができない。非常信号機《ひじょうしんごうき》? ――そういうものがあればいいのだが、なにしろ、むかしの開通《かいつう》してまもなくの鉄道《てつどう》なのだから、そういう用意《ようい》がまるでないのだ。
ともかく、じっとしてはいられないから、そろそろからだをおこしてみた。四つんばいになると、さっき投《な》げだした、シグナル・ランプのこわれがジャリジャリと手のひらにさわる。なまぐさい魚《さかな》のにおいにまじって、こぼれた石油《せきゆ》がプンと鼻《はな》をうつ。――なによりも大事《だいじ》な、たった一つの武器《ぶき》とも思っていたランプが、メチャメチャになってしまったのである。
「自分はなにを持ってくまと戦《たたか》ったらいいだろうか?」
そう思うと自分はまったく絶望《ぜつぼう》してしまった。――それでも自分は、ガラスのかけらで手を切《き》らないように用心《よ
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