泣くなよ、泣いたかて如何なるこっちゃ、見っともない、泣きな、泣きな!」
 母は、塗りの褪せた箪笥に凭《もた》れかかり、空になった欝金《うこん》の財布を、ハンケチの様に目に当てて嗚咽《むせ》った。
 妹は影の様に裏口から出て行ったと思うと、すぐコソコソと戻ってきてカマド[#「カマド」に傍点]の蔭に蹲《うずくま》った。
「あんな人が丁半するなんて、蚕の金までとられてしもうて、ほんまに、肥代や今度の利息どうする気や、夜も寝やんと桑洗うた絹や、手伝うてくれた新宅の里代にも、まだ一枚の着物もこしらえてやらへんのに……。ほんまに、あの人、気でも違うたんや!」
「気も狂うやろかい、この旱りと繭の不作やないか、彼奴かて、そら苦労しとるんや、苦しまぎれに田村へなんか行く気になりよったんやわい。こんなんやったら十姉妹でも飼うといたら!」と祖父は、たるんだ瞼を釣りあげる様にして慎作を睨みつけた。
「鳥でも飼うといたらこんな事起らなかったンや、わい[#「わい」に傍点]がなんぼよぼよぼ[#「よぼよぼ」に傍点]でも、十姉妹の世話位出来たんや! みてみい、あれから鳥の相場、まるで鰻のぼりやないか、それにこれから南洋
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