悪しく祖父が起き出てきた。
「何や、何や?」と祖父は、手紙をひったくるなり念仏の様に音読して「外道奴」と唾をとばし、再び音読して「情けないこっちゃ、この下手糞な字を見たれ!」と、泣声で呟やいた。
「へへへどうも……」他国者らしい男は懐から風呂敷を出して下品に笑い、袖口からのぞく入墨に似気ない猫撫声を出した。
「何しろ、このいたずら[#「いたずら」に傍点]って奴は『目』でしてね、へへへその運ですね、此方の旦那なんざあ、仲々どうして素人衆にしちゃ上手なもんですが、何分、今言った様な次第で、今夜はその目ってのが無く、それに、あせって追っかけなすったもんですから無理な借りまで背負いこんだ様な訳でして、この落目の時の追っかけってのはまた不思議と!」
「ええ、ゴタゴタ言わんといてくれッ」と祖父は男をグイと睨みつけて、母に怒鳴った。
「糸ッ、何を泣いてるのや、早《はよ》出してやらんかい。わい[#「わい」に傍点]の紋付も絹の外出着《よそゆき》も、皆包んでやれ、ほほたら、少しは性根にこたえるやろ」

 男が出て行くと、祖父は通りの悪い煙管を岬の様に唇を尖がらせて吹きまくり、泣く母をたしなめた。
「お糸、
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