とだけでとり澄ましていられなかった。個人を利己的に歪めて一攫千金を夢見させる事に於て、賭博に譲らない蠱惑《こわく》を持っていた。……
慎作は今、祖父から唐突に飼鳥を言い渡されて、足許に火のついた驚きを味わわずにはいられなかった。
「お前が、なんぜ[#「なんぜ」に傍点]反対するのか知らンけど、見て見い、拡がる一方やないか、これから東京や北海道の方へも、どしどし出るそうや、ほんまに、これこそ間違いのない内職やぜ。こんなええ事、又とほかにあらへん!」
是が非でもこの思い付は実行するぞと言う意気込みは、畳みかけるような口吻に明かだった。
「金が儲かる儲からんは別問題なんだよ。僕の反対するのは、どれだけ苦しゅても、こんなばくち[#「ばくち」に傍点]みたいな流行鳥《はやりどり》を飼うなんて、如何にも心を見すかされるこっちゃし、それに、この前の万年青みたいに何時がら[#「がら」に傍点]が来るか分からんし……」慎作は、若し正面を切って反駁して行ったら、八才の様にカッとして枯枝の様な腕をも張りあげかねない祖父なので、出来るだけ調子を柔げ静かに言い続け様としたのだが、もう祖父は、怒った時の癖である首をガクンガクンさせて、管を巻くようにいきり立った。
「儲かる儲からんは別問題やで! 何をぬかっしやがる阿呆め、金を儲けたいさかい、苦しいならこその話しやないか、これこそ窮余の一策ちゅうのや! それに、まだまだ暴落なんか来るもんかい。誰かてまだ二三年は受合や言うてるし、おれ[#「おれ」に傍点]、今日仏さんの前でけんとく[#「けんとく」に傍点](予想)みたんや、『吉兆』と心の底で声がしたわい」
「そら分かってる。苦しいから鳥でもと思うのはよく分かってるが、そうやないのだ祖父さん、おれ[#「おれ」に傍点]の言うのは、一羽二羽楽しみに飼うのと違うて、大切な資本をかけて小鳥屋みたいに鳥飼うて、そら今日も鳥の市や、明日は西応寺で交換会や、ほら『脊残り』は一っペンに二十円も値が上った、ほら何、ほら何やと、百姓がまるで相場師みたいになるのが間違うてると言うのだ、この旱りと繭の不作で苦しいのは、今切り抜け様と、皆が結束して争議を起してる最中やないか……」
「ヘン、偉そうなほげた[#「ほげた」に傍点]吐かさんとけ! 小作争議みたいな、第一お前等が先頭やないか、負けるに決まってる。小鳥で儲かるのは、ちゃんと見えたことや、ここ二年三年のうちに、何千何万と儲けた人が幾人あるか分からん位やないか。小鳥で儲けたら、小作料を負けろって、徒党なんか組んで騒がんでもええのや……」
「それがいけないのだ、争議に加わっている者のうちでも、だいぶ十姉妹に色目つかう者もあるけど、その度におれ[#「おれ」に傍点]は言うのだ。十姉妹の流行なんか決して永久に続くものでもない。と言うと、たとえ流行ってる間だけでも飼うて助かりたいと言うかも知れんが、そう云う心は、自分一人だけよかったら他の者は構わないって言う心と同じだ。百姓は百姓として働き、それで如何しても食えなんだら、それは、天候と地主と社会全体の責任だから、その時は百姓は一致団結して……」
「ええい、黙まらんかッ、この社会主義奴! 十姉妹は大丈夫やわい、この勢いやったら世界中ひろまる!」
「とにかく、おれ[#「おれ」に傍点]はこの理由のもとに、蚕の金なんかで十姉妹飼う事は大反対や」と慎作は断定的に、併し半分はおどけた顔色を忘れずに言った。反射的に、多分祖父は喉で叫んだのだろう、声は出ずに、唇が「何! 何※[#感嘆符二つ、1−8−75] 何※[#感嘆符三つ、92−上−7]」と言う風に動いた。すぼんだゴム風船の様にベロベロ皮膚のたるんだ頸が、驚くほど延びた。慎作は、この一徹な祖父を納得させるだけの言葉を知らない自分が腹立たしかった。いや、自分の思想を如何に噛み易く柔かなものになし得ても祖父の歯牙は、既に区長授与の刹那に於て抜け落ちてしまったのを如何せん……であった。
その夜、父は、祖父と慎作との間で眼の遣り場に困っていた。
「お父っつぁんの様に言うたかて考えもんやぜ、慎作が反対しよるだけやなく、なんぼ流行かて、きっと儲かるもんとはきまってやせんしなあ、……それに、もう遅いわい!」
だが、その事より何より、父は慎作の意嚮に気をかねて居ることは確かだった。父にしてみても、不成功だった養蚕をこの鳥で、或はとりかえせるかも知れない事は、何に増しての誘惑であるに違いなかった。
「いや、儲かる、世間をみたら分かるこっちゃ、一体誰れが損をしよったんや? 皆、儲けてるやないか、この村でかて、十姉妹飼えんのは慎作みたいな因果な息子を持った家だけや、慎作に何の遠慮があるのや! 飼え言うたら飼え!」祖父は唾を飛ばしてあくまで決定的であった。
「そやなあ、どっちにし
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