思索の中樞をなしてゐる所から派生し來るのであると云つて置いたが、即ちかうした見方を云つたのである。この見方にも突込んで吟味せなければならない所もあるがお預けとする。却て宇内平和策とか無戰論とかを主張する人、殊に又具體的主義主張を以て爭はんとする人に此見方を勸めて見たい。就ては餘談でもあり適例でもないが、安藤の主張には多少關係があるからお話して見たいことがある。私は前に神の國は不渡手形だと云つた。それで思出したのだが、讀者諸君にも記憶新しいと思ふ。先年大學の新進氣鋭の學者が西洋の左傾派の人の言説を紹介した節、學生が共鳴して一騷ぎを起し當事者と爭つたことがある。其學生の申分は神の國も無政府の如きものであるから、無政府主義もよいではないかと云ふことであつた。其理由となつた神の國は不渡手形であると氣付いたら學生は起たなかつたのであらうし、又一切事物を互性と見たらば、人騷がせをする樣な事は先以て初から起らなかつたのであらう。かれ安藤の如きは無政府虚無主義などを振※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]して喧嘩をするのは子供のする事で、何も大人が子供の眞似をして、打つたのはたいたのと云ふ苦々しい
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