沢に違いない。沢に近づくと太い山欅の林となった。その幹の間から遠い山々が見えて日本アルプスを思い出す高山的な景色である。松方はいもりのような喜び方をしていた。沢はなるほど深い。水の音がする。沢の雪の上には、ところどころに穴があいて、そこからはげしい水の音がする。今にも雪をくずして行きそうである。ウ氏はだいぶ考えていたがついに下りた。「泳ぎたいな」といったら「ここがいいです」とウ氏が指さした。穴のあいた雪の下を泡だった水が黒く流れて行く。たったいま目が覚めて、大いそぎで暖かい国をさして逃れて行くようだ。沢を登って石楠花を見た時は、なんだか嬉しかった。山岳気違いの証拠だ。沢はいくらでも出てくる。上へ上へと登って源を渡って行く。時々静かな雪の天地を木がらしがサーと針葉樹の枝をふるわせて通ると、ハラハラと落ちる雪が頬をうつ。風のわたる枝を見あげて、耳を澄していると、すぐ上でウ氏が「いい音ですね」と、やっぱり聞きほれていた。技巧を交えぬ音だ。雪と林のささやきだ。木の間越しに高倉の後に槍ガ岳のような山が見え出した。その山に目を注ぎながら、急なところで悠々と方向転換をやる気持ちったらない。沢を越えき
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