わったので、みんなが飯を食う時分にもまだ床の中でしょげている。やっと坊城が普通の眼鏡を貸したので床を出た。この眼鏡だとだいぶ人間に近づいて見える。人間らしいまでにはまだ行かない。西洋人がきたというので小林と途中まで迎えに行って見ると下の方から雪の中を登ってくる。昨日つけた崖のスキーの跡は今日の雪でけされた。自然にあってはかなわない。二番目の英人らしいのに Is there any Japanese? といったら、Down below? ときた。うまいことをいいやがる。英国人は英語がうまい。今日は宿の前で滑った。今日きた異人は独二人、英二人だ。盛んにドイツ語の会話をやるがなかなかうまいもんだ。ドイツ語はもっとごつごつするかと思ったらまるで英語のようだ。冠詞が一格だか二格だか考えずに出るからドイツ語はドイツが本場だと見える。一時頃小林が帰るので小池と坊城と板倉で送って行く。小林が先で林をぬけて雪の降りくる中を滑って行くのは見ても気持ちがいい。四町の道を一気にすべって順次に三人が止まると「それでは失敬」と帽子をとる。一人別れてすべって行く小林の後ろ姿を雪が降りしきっている。一人へってもだいぶ寂しい。
 十二月三十一日。戸田は風邪らしいので休む。後の三人は外人と山に行くことになった。オーストリアのウインクレル氏は二十九の元気な青年だ。「今日おともを・さして下さい」と英語式日本語がつい出た。すると「ええ、だけどちょいと近くですよ。余り面白くもありません」と流暢な日本語が返ってきた。後の面々の年は外人だから分らない。何しろ三十以上四十ぐらいの人もいるようだ。孝ちゃんも一緒で日英独の山登りは面白い対照だ。この前登った崖も今日は楽に登って風雪に弱ったところを列をつくって登って行く。ウインクレル氏が先頭で孝ちゃんが殿《しんが》りに。まん中の日本人三人がむやみに後滑りしていたが余りみっともよくなかった。電光形に正しく先頭の後を登って行くといよいよ初めての下りがきた。左手に山をひかえたところだから下りにくい。先頭が手際よく下りてぴたりと止ると次が下る。坊城が滑り出したと思うと、右にそれて下に行って煙をあげた。何のあいずやら。小池は滑るたびに左手の山にのしあげる。決してスキーが下を向かないで山の方を向く。つまり傾斜面と直角な線が平行につく。はしご段を一段一段横に滑って、また一段下に足をのば
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