のは御当人と戸田ぐらいなものだが、例のがんばりで塩をむやみと入れたのでしょっぱくてはなはだ迷惑だ。小池らは胸が悪いからお湯をくれといって甘酒を侮辱したので、坊城の頭が傾いたと思うと断然うまいとがんばった。瘠我慢で戸田と二人でとうとう呑みほした。恐ろしいがんばり方だ。戸田はローマ法皇のような平和論者だからおつきあいをしていたが、坊城は唯一の味方を得たつもりで東京に帰ったら家に甘酒をのみにこいと誘っていた。いまに甘酒に中毒してさかだちしても駄目だ。
 十二月二十九日。朝は昨日のところで滑る。昼から新天地を見つけに右手に入って行った。雪にうずもれた炭焼き小屋から煙が静かに上っている。みんなここで滑っているうちに板倉は一つ山を越えて向こうへ行った。いい傾斜があったと思って滑って行くと三尺ばかりの段があったので、知らぬ間に空中に浮いたと思うと下に落ちた。杖を力に倒れずにすんだので、大変得意でそのまますべって行ったら木を股にはさんで倒れた。そのうちに後の面々もかぎつけて柄にないジャンプを試みる。雪をけずって、無理にも空中に飛び上るようにして滑ってくる。板倉は一間ばかり空中に飛び上ったと思うと、二間もさきにいやというほどたたきつけられた。後の三人は人の痛さも思わず笑っている。坊城は飛び上る時から横になっているから空中に浮いた時は天勝の催眠術のようになって、それが地面にクチャリと落ちるのだから見ていて涙が出る。小林、小池もとより成功の見込みはない。制動法も朽木の倒れ方もジャンプには応用できない。戸田は神妙に傍で滑っている。大変うまくなった。足の方向はあんまり障害にならないようだ。日が傾き出したので帰途についた。途中まできた時にみんなさきに行って、ただ一人になった。彼方の山の雲はオレンジと灰色と紫と様々な色にいろどられた。真白な雪の上に顔を出した笹の葉ずれの音がさらさらと耳に入る。静かな、身をしめるような自然である。自然を眺めているのではない。自然から自分は、はえたようだ。杖をたてて手を口にあてて温めながら、この寂しい、しかも清浄な景に見とれた。今晩はしるこの罐詰にありつけた。こうなると鍋の底までなめる。甘酒とは大変な違いだ。小林は明日帰るので、大きな五色せんべいをあつらえて土産にする。そのついでにサイダーを飲んで干物をやいて火鉢をかこんで食った。
 十二月三十日。小林は昨夜大眼鏡を
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