てその真ん中の小さな岩小屋は自分たちのような山の赤ん坊の寝る揺籃《ゆりかご》みたいにおもえてしようがなかった。言い方が可笑《おか》しいかも知れないが、それほどいやに山が親しみぶかく見えたんだ。だけれど、ただひとつこのあまりの静かさが自分たちに歌を歌わせたり、笑い話させたりさせないのだ。たしかにこの時の山のムードと自分たちの気持とはハーモニイしていた。
 自分たちの四人はみな黙っていた。けれどみなこういう気持でいることはよくお互いに知りきっている間柄《あいだがら》だけにおのずとわかっていた。そしておのおののいま黙って考えていることが、ある一部の山を登るものにとっての必ず出っ喰わす大切なことであることも知っていた。自分たちは先刻《さっき》夕餉を終えた後での雑談のあいだに、偶とその年の冬、自分たちの仲間とおなじようによく知り合っていたひとりの山友達を山で失っていて、その友達がその前の年の夏に自分たちと一緒にこの岩小屋へやってきて愉《たの》しい幾日かをすごして行ったときのことが、ちょっと[#「ちょっと」に傍点]出たのだった。そして自分たちはそれっきりで言い合したように、その話は避けてよしてしまったのだった。それから黙っているのだった。自分たちは外にでて岩に腰をかけたのだった。そしてそのときまでも黙っていたのだった。
 そのときまで自分たちお互いは心のなかで、光の焦点のように各々《おのおの》の心の中に現われている、あるひとつの想いについて寂しい路を歩いていたのだった。ふと涸沢岳のあの脆《もろ》い岩壁から岩がひとつ墜《お》ちる音がした。カチーン……カチーン……と岩壁に二、三度打ちあたる音が、夜の沈黙のなかにひびいた。そしてそれがすんでしまうとまたもとのような言いあらわしようもないほどの静かさだった。
 そのときだった、ひとりが考えにつかれたかのように、自分たちの前にひとつの問いを投げだした。――
「おい、一体山で死ぬっていうことを君たちはどうおもっている。」
 自分たちはみんな同じような気持で同じことを考えていて、誰れかが話しの緒口《いとぐち》をきるのを待遠しく思っていたかのように見えた。そこへ、この言葉が落ちてきたんだ。勿論それは反響《こだま》した。全く先刻《さっき》から自分たちお互いの心はお互いにこの高い山の上の、しかも暗いなかで、自分たちのなかからその大切な仲間をいつ、誰
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