狼煙《のろし》が立ち昇る。「夜ははやあけたよ。忍藻はとくに起きつろうに、まだ声をも出《い》ださぬは」訝《いぶか》りながら床をはなれて忍藻の母は身繕いし、手早く口を漱《そそ》いて顔をあらい、黄楊《つげ》の小櫛《おぐし》でしばらく髪をくしけずり、それから部屋の隅にかかッている竹筒の中から生蝋《きろう》を取り出して火に焙《あぶ》り、しきりにそれを髪の毛に塗りながら。
「忍藻いざ早う来よ。蝋|鎔《と》けたぞや。和女《おこと》も塗らずか」
けれど一言の返辞もない。
「忍藻よ、おしもよ、いぎたなや。秋の夜長に……こや忍藻」にっこりわらッて口のうち、「昨夜《ゆうべ》は太《いと》う軍《いくさ》のことに胸なやませていた体《てい》じゃに、さてもここぞまだ児女《わらわ》じゃ。今はかほどまでに熟睡《うまい》して、さばれ、いざ呼び起そう」
忍藻の部屋の襖を明けて母ははッとおどろいた。承塵《なげし》にあッた薙刀《なぎなた》も、床にあッた※[#「金+樔のつくり」、第4水準2−91−32]帷子《くさりかたびら》も、無論三郎がくれた匕首もあたりには影もない。「すわやおれがぬかッたよ。常より物に凝るならい……いかにも
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