怪しい体であッたが、さてもおれは心つきながら心せなんだ愚かさよ。慰め言を聞かせたがなおもなおおもいわびて脱《ぬ》け出でたよ。ああら由々しや、由々しいことじゃ」
心の水は沸《に》え立ッた。それ朝餉《あさがれい》の竈《かまど》を跡に見て跡を追いに出る庖廚《くりや》の炊婢《みずしめ》。サア鋤を手に取ッたまま尋ねに飛び出す畑の僕《しもべ》。家の中は大騒動。見る間に不動明王の前に燈明《あかし》が点《つ》き、たちまち祈祷《きとう》の声が起る。おおしく見えたがさすがは婦人《おんな》,母は今さら途方にくれた。「なまじいに心せぬ体でなぐさめたのがおれの脱落《ぬかり》よ。さてもあのまま鎌倉までもしは追うて出《い》で行《ゆ》いたか。いかに武芸をひとわたりは心得たとて……この血腥《ちなまぐさ》い世の中に……ただの女の一人身で……ただの少女《おとめ》の一人身で……夜をもいとわず一人身で……」
思えば憎いようで、可哀そうなようで、また悲しいようで、くやしいようで、今日はまた母が昨夜《ゆうべ》の忍藻になり、鳥の声も忍藻の声で誰の顔も忍藻の顔だ。忍藻の部屋へ入ッて見れば忍藻の身の香がするようだし、忍藻の手匣《てば
前へ
次へ
全32ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
山田 美妙 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング