かれ、矢玉の雨に砕かれて異域の鬼となッてしまッた口惜《くちお》しさはどれほどだろうか。死んでも誰にも祭られず……故郷では影膳《かげぜん》をすえて待ッている人もあろうに……「ふる郷《さと》に今宵《こよひ》ばかりの命とも知らでや人のわれをまつらむ」……露の底の松虫もろとも空《むな》しく怨《うら》みに咽《むせ》んでいる。それならそれが生きていた内は栄華をしていたか。なかなかそうばかりでもない世が戦国だものを。武士は例外だが。ただの百姓や商人《あきゅうど》など鋤鍬《すきくわ》や帳面のほかはあまり手に取ッたこともないものが「サア軍だ」と駆《か》り集められては親兄弟には涙の水杯で暇乞《いとまご》い。「しかたがない。これ、忰《せがれ》。死人の首でも取ッてごまかして功名しろ」と腰に弓を張る親父《おやじ》が水鼻を垂《た》らして軍略を皆伝すれば、「あぶなかッたら人の後に隠れてなるたけ早く逃げるがいいよ」と兜《かぶと》の緒を緊《し》めてくれる母親が涙を噛《か》み交《ま》ぜて忠告する。ても耳の底に残るように懐《なつ》かしい声、目の奥に止《とど》まるほどに眤《した》しい顔をば「さようならば」の一言で聞き捨て、見
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