貧《すかんぴん》であッた。実に今は住む百万の蒼生草《あおひとぐさ》,実に昔は生えていた億万の生草《なまくさ》。北は荒川から南は玉川まで、嘘《うそ》もない一面の青舞台で、草の楽屋に虫の下方《したかた》,尾花の招引《まねぎ》につれられて寄り来る客は狐《きつね》か、鹿《しか》か、または兎《うさぎ》か、野馬ばかり。このようなところにも世の乱れとてぜひもなく、このころ軍《いくさ》があッたと見え、そこここには腐れた、見るも情ない死骸《しがい》が数多く散ッているが、戦国の常習《ならい》、それを葬ッてやる和尚《おしょう》もなく、ただところどころにばかり、退陣の時にでも積まれたかと見える死骸の塚《つか》が出来ていて、それにはわずかに草や土やまたは敝《やぶ》れて血だらけになッている陣幕などが掛かッている。そのほかはすべて雨ざらしで鳥や獣に食われるのだろう、手や足がちぎれていたり、また記標《しるし》に取られたか、首さえもないのが多い。本当にこれらの人々にもなつかしい親もあろう、可愛らしい妻子もあろう、親しい交わりの友もあろう、身を任せた主君もあろう、それであッてこのありさま,刃《やいば》の串《くし》につんざ
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